ジョン・ミルトンから始めた西洋古書収集 清水英夫 (会報129号 2011年2月)

ジョン・ミルトンから始めた西洋古書収集
清水英夫
(日本出版学会・元会長, 青山学院大学 名誉教授)

 
 先日,所用で川井良介会長が拙宅にお見えになられたとき,私の西洋古書コレクションをお目にかけた.そのときの様子が伝わったらしく,早速「会報」の編集部から,苦心談などを書けという注文がきた.
 川井会長にお見せしたのは,確かモンテスキューの『法の精神』(De L’Esprit des loix)とジェームス・ジョイスの『ユリシーズ』(Ulysses)だったと思うが,いずれも初版本である.現在,私の手元には約 80冊の西洋古書があるが,それらを入手したのは,すべて私が出版学会の仕事に携わってからのことである.
 当時,私の周辺には寿岳文章先生を初め,布川角左衛門,弥吉光長,美作太郎氏ら出版学のパイオニアがおられ,古書に関しても精通しておられた.本といえば,学術書か文芸書などの現代書籍しか知らなかった私にとって,諸先輩のお話は,いやでも私の蒙を開いてやまなかった.
 私も出版学を志す者として,その驥尾に付そうと思い立ったのはそのころである.初めは,古書収集の意図はなく,私の思想形成や人生観に影響を与えた先人の著書の初版を入手しようと考えた.そして真っ先に思いついたのは,ジョン・ミルトンのAreopagiticaであった.『言論の自由』と訳されたこの本は,周知のように,言論の自由に関する古典中の古典である.
 しかし,調べてみると Areopagiticaの初版本はたいへんな高価であり,ポケットマネーでは高嶺の花であった.そのうち,雄松堂のカタログで Areopagiticaを含む『ミルトン全集』(A Complete Collection of the Works of John Milton,1698)を見つけ,早速購入した.1981年のことである.その後,この分野では,ジョン・ロックの『寛容に関する書簡』(A Letter concerning Toleration),ジョン・S・ミルの『自由論』(On Liberty),などのほか,ローマ法王庁の『禁書目録』(Index Librorum Prohibitorum,1583)などがある.
 先にあげた『ユリシーズ』や『チャタレー夫人の恋人』なども表現の自由の関係で入手している.そのほか,私の趣味である SF関係の古書も,相当数集めている.特に,H・G・ウェルズの『宇宙戦争』(The War of the Worlds)やジュール・ベルヌの『80日間世界一周』(Le Tour du Monde en Quatre-Vingt Jours)の初版本は,私にとって宝物である.

●清水英夫先生のコレクションから(文責:広報委員会)

 

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・モンテスキュー『法の精神』(1748年)[初刷本]
ジュネーヴで匿名出版された.表紙の版元の綴りに誤植がある(r がひとつ多い)のは,初刷だけ.

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・ジェームス・ジョイス「ユリシーズ」(1922年)[初版本]
青いケースの装丁は,ことによるとコレクターの手によるものかもしれない,との由.

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ジョン・ミルトン「ミルトン全集」(1698年)[初版本]
Areopagitica(『言論の自由』)を収録した,コレクションの端緒となった本.

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ローマ法王庁「禁書目録」(1583年)
掌に載るくらいのコンパクトな本だが,歴史に与えた影響は大きい。最初の刊行は1559年.

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D・H・ロレンス「チャタレー夫人の恋人」(1928年)[初版本]
私家版として1000部限定出版された。表紙にロレンスの署名とともに,973のエディション・ナンバーがある.

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H・Gウェルズ「宇宙戦争」(1898年)[初版本]
ジュール・ベルヌの『80日間世界一周』とともに,趣味のSF関係でのコレクションを代表する1冊.