出版研究とメディア研究  芝田正夫 (会報123号 2009年1月)

■ 出版研究とメディア研究  (会報123号 2009年1月)

 芝田正夫

 出版学会に長く所属してきたが,私自身は,メディア史の研究,とりわけ新聞史の研究を行ってきた。なかでもイギリスの初期新聞史という細かな領域を研究対象としてきた。出版学会の研究活動に参加するなかで,私見になるが,出版研究とメディア研究との関係について,これまで考えてきたことを書いていきたい。
 イギリス新聞史で特に興味を持ってきたのは,新聞が今日の形として成立する以前の状況である。いわば,メディアが個々に分化する前の時代といってもよい。イギリスの新聞は,最初から現代の新聞と同じ内容や形態のものが存在したのではない。事件や噂話の知らせる不定期のパンフレットが16世紀初期に出現したが,初期のものはニューズ・ブックと呼ばれたように,仮綴ではあるが書物を同じスタイルであった。やがて,2ページや4ページの週刊もしくは週2-3回発行の新聞が中心となり,ニューズ・ペーパーと呼ばれるようになる。その後も,エッセイ・ペーパーなどと呼ばれる,読み物を中心にした新聞も現れたが,これらは,のちにまとめて書物の形で刊行されている。多くの非定期の仮綴のパンフレットが刊行されていた当時において,新聞は,活字メディアとして,いまでいう雑誌やパンフレット,あるいは書物とそれほど区別なく受容されていたとも考えられる。こうしたことから個人的な思いになり強引すぎるかも知れないが,新聞史研究もまた広義の出版研究だと考えている。
 また,出版という言葉を使うからには,活字印刷術の発明がその始点となろうが,それまでに写本という長い伝統を持つ文字メディアが存在していた。そうすると,長い歴史を持つ文字メディアが人間社会にどのような役割を果たしてきたかという観点で,出版研究を捉えることも可能となろう。
 一方,メディア研究においては,現代社会を「メディアに囲まれた社会」と形容する場合がある。この言葉が意味するのは,人々が長時間,多様なメディアに接触していることだけでなく,世の中の出来事への評価,価値観の形成,流行なども結局はメディアの大きな影響力のもとにあるということである。そうして,メディアの多くがこれまではマスメディアであったとするのである。このようにメディアの効果や影響を基礎に置くのがメディア研究の特色ともいえる。
 出版学とマスメディア論との関係については,箕輪成男元会長が,その著作で詳しく述べられているが(『出版学序説』,日本エディタースクール出版部,1997),マスメディア論を出版学の上位概念する考えには問題があるとする氏の主張には,私も同感である。出版研究は,19世紀以降に成立したマスメディアとの関係に限定されず,また音声や映像も含むメディア全体にも吸収されないで,文字文化のもつ長い歴史を背景に,それが果たしてきた役割や今日の様々な問題を探ることがその目的のひとつとなろう。
 たとえば,2005年に成立した「文字・活字文化振興法」は,「文字・活字文化が,人類が長い歴史の中で蓄積してきた知識及び知恵の継承及び向上,豊かな人間性の涵養並びに健全な民主主義の発達に欠くことのできないものであることにかんがみ,文字・活字文化の振興に関する基本理念を定め」(第1条)と定めている。
 今日の情報社会における同法の評価は,まさに出版研究の観点から深められるべき課題となるのでないか。
 活字文化もしくは文字文化の危機が叫ばれる今日,文字・活字文化がどのような特色を持つものかを探るとともに,出版文化を支えてきた「言論の自由」の問題,読者の問題や出版流通,それに出版の将来像の問題も含めて出版研究を考えたい。

(日本出版学会・副会長,関西学院大学教授)
(初出誌:『会報123号』2009年1月)

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