第31回日本出版学会賞 (2009年度)

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第31回日本出版学会賞 (2009年度)

 第31回日本出版学会賞の審査は,出版研究の領域における著書および論文を対象に,審査規則に基づいて行われた。今回は2009年1月1日から12月31日にかけて刊行,発表されたものを対象に審査を行ったが,審査会は2月18日,3月15日,4月3日と3回にわたって行われた。審査にあたっては,学会員からの自薦他薦の候補作と古山悟由会員が製作した出版関係の著書および論文のリストに基づき検討を行い,候補作をしぼって選考を行った。その結果,日本出版学会賞1点,同・奨励賞2点が決定した。


【学会賞】

 浅岡邦雄
 『〈著者〉の出版史――権利と報酬をめぐる近代』
 (森話社)



 [審査結果]
 本書は,著者の著作にかかわる権利とそれによって得られた報酬の解明を目的とした研究である。昔から出版行為は著者と出版者の共同事業であったわけだが,明治中期から昭和初年を対象として時代の変遷とともに両者の権利意識がどのように変化してきたのかを,信頼できる確実な資料を博捜・駆使して明らかにしようと意図したもので,従来の通説の誤りを指摘した部分を含めて今後の出版史研究を裨益するところが大きい労作だと考えられる。
 しかしながら,著者も指摘していることだが,出版行為には私的行為にかかわる部分が少なくないという現象からおこる資料上の制約もあって,とりあげられている論題はかならずしも多いとはいえないのが実情である。また,出版行為は著者と出版者とさらに享受する立場の読者との三者間の関係で成り立つものだが,その点にあまり触れられていないと思われる。今後はそうした視点をより強めて,関連する資料の掘り起こしを意欲的に継続して実施し,緻密に分析を加えることで著者の考えている出版史研究を完結させるよう期待したい。


[受賞の言葉]
厄介なテーマ

浅岡邦雄

 拙著『〈著者〉の出版史――権利と報酬をめぐる近代』により,第31回日本出版学会賞をいただくこととなった。心から感謝の意を表したい。
 本書は,明治期から昭和初期にいたる,著作における権利と報酬をめぐる諸論から成るものであるが,研究対象としては複雑微妙にして不透明きわまりない。一言で言い直せば,きわめて「厄介なテーマ」である。著作をめぐる権利関係や報酬問題というものは,過去のみならず現在においても,当事者以外の第三者が窺い知ることのむつかしい,難問のひとつといっても過言ではないだろう。「厄介なテーマ」という所以である。
 こうした「厄介なテーマ」をとりあげた本書にいささかの成果があったとするならば,口はばったいことながら,次のようなものではなかったか。ひとつは,当該テーマの一次資料を掘り起こして分析し,意味づけをおこなったこと。
 いまひとつは,従来の誤謬を正し,空白を明らかにしたこと。さらに,奥付という周知の対象を精査することによって,そこから隠れた経済的意味を導き出したこと,ではないだろうか。これらの検証作業は,スリリングな経験と同義であったし,研究の醍醐味とはこうしたものかと実感するところがあった。
 ここでは,一次資料についてだけ述べさせてもらうことにする。本書のなかでは,その時代に記録された出版契約書・印税領収書・業界内部文書・日記・書簡等々を主要な検討資料としているが,活字化されたもの以外の探索では,大きく2つに分けることができる。ひとつは,公的機関が所蔵する資料であり,いまひとつは古書の大海に潜むものである。いずれにも共通することは,その掘り起こしが容易ではないことだが,この点については,今後さらにあの手この手の調査法を工夫して,さらに博捜しなければならない課題であろう。
 
 ところで,こうしたテーマで一書をものした汝自身の著作に関わる権利と報酬については如何に,という声なき声を,感じないでもない。まさに難問である。それについては……,いずれまたの機会ということに。


【奨励賞】

 柴野京子
 『書棚と平台――出版流通というメディア』
 (弘文堂)



 [審査結果]
 本書は,近代以降の出版流通を対象とした論究である。すなわち,明治中期から現在に至る。取次から書店の歴史を通時的に考察している。サブタイトルに示されているように,出版流通をメディア論的にアプローチから解明しようとしたものというが,必ずしも成功したかどうかは疑問である。
 この研究の価値は「第二章 赤本の近代」「第三章 購書空間」に求めることができよう。低級俗悪の三文本である「赤本」の歴史を近世から戦後までを明らかにし,その意義を提示する。赤本が,最初の近代的な出版企業といわれる博文館の『日本大家論集』や講談社の出版物の先駆をなしたというのは魅力的な仮説である。
 著者は,人が出版物を購入する空間を「購書空間」といい,その解明を試みる。この分野はほとんど未開拓な分野であり,その問題意識は評価に値する。現在のような開架式の陳列は,顧客自身が本を選びたい要求と選ぶ能力が前提であるという指摘は鋭いものがある。出版産業史あるいは出版流通史をテーマとする研究が少ないだけ,この『書棚と平台』の刊行を慶びたい。


[受賞の言葉]

柴野京子

 このたびは,はなはだ未熟な著作に「日本出版学会奨励賞」という栄誉を賜りまして,まことにありがとうございました。学会員のみなさまならびに,出版まで,そしてその後現在に至るまで,さまざまな場面で多くのお力添えをいただきましたみなさまに,心から御礼申しあげます。
 『書棚と平台――出版というメディア』という本と,その元になった論文を書くに至った動機や経緯については,本のあとがきに記したとおりですが,出版流通という問題は,いま出版環境の電子化,グローバル化の中で,急速に前景化しています。それをとらえる射程はひとつではなく,容易な道のりではないでしょう。それでもなお,自分にできることがあるとすれば,愚直に対象と向き合っていくこと以外にないのではないかと思います。私がしようとしていることは,道端に落ちている,ほんの小石程度のものにすぎません。そのようなわずかなものを拾い上げてくださった方々に,改めて感謝を申しあげるとともに,今後とも微力を尽して参りたいと存じます。


【奨励賞】

 三宅興子・香曽我部秀幸編
 『大正期の絵本・絵雑誌の研究
  ―― 一少年のコレクションを通して』
 (翰林書房)



 [審査結果]
 本書は,札幌の一少年が所有していた大正期の絵本および絵雑誌281冊を対象に,そのコレクションの意義を明らかにしながら,その多彩な図像表現と言語表現を多角的に考察したものである。
 札幌市中央図書館に寄贈されていたこれらの資料は,書店ルート以外で流通されたものを含む,残存自体が稀少な資料であるだけでなく,当時の一般的な子どもの文化受容の様が明らかになる貴重なものである。
 当時の発行流通・購入経路を推測しながら,これらの資料の資料体としての意義を分析し,伝統文化と新しい西洋文化が混淆して織りなすこの時期の子ども文化の特徴を浮かび上がらせている。また,様々な工夫をこらして読者へと届けていった編集側の状況,子ども文化全体を巡る状況などを関連させながらこの資料体を考察し,特に,第二部第三章では,印刷技術の進展によって拓かれた絵本絵雑誌の新たな試みに着目している。
 限定された時期の,限定された量の資料であるという資料の限界を慎重に自覚しながらも,本書の射程は当時の子ども文化全体の様相へと届くものであり,大きな意義を持つ研究であると言える。


[受賞の言葉]
第31回日本出版学会賞奨励賞を受賞して

大橋眞由美

 4月24日に東京経済大学で開催の日本出版学会2010年度春期研究発表会に於いて,三宅興子・香曽我部秀幸編『大正期の絵本・絵雑誌の研究 ―― 一少年のコレクションを通して』(2009.11.4発行)が,第31回日本出版学会賞奨励賞を受賞いたしました。この書は,編者2名の他に,丸尾美保,大橋眞由美の4名による共著です。残念ながら別の案件を抱えていた編者に代わり,日本出版学会員である私が,右代表して授賞式に出席させていただきました。総会および授賞式で,川井良介会長から選考理由の説明があり,会長は「世界的に見ても類例のない研究書」と言葉を添えてくださいました。この言葉は,それまでの労苦を一瞬にして忘れさせてくれる魔法の呪文でした。ここにあらためて感謝の気持ちを記させていただきます。
 この書の最大の特徴は,研究対象とした資料にあります。それらは,大正期の札幌に在住した一少年の愛読書という,読者の痕跡の残る絵本・絵雑誌です。そしてそれらは,市民による公立図書館への「寄贈」というかたちで,後世に残された貴重な資料群です。この書は共著であることから,私の個人研究の範疇であった資料探索の経緯を示すことができなかったので,この場を借りて,その点を記させていただきます。
 私はこれまでに,東京地本彫画営業組合に加盟の金井信生堂が刊行した絵本を中心に,明治・大正・昭和初期の子ども用絵本・絵雑誌を研究対象としてきました。研究の初期段階であった1997年に,全国の公共機関に於ける金井信生堂刊行絵本の所蔵調査を行いました。しかし「赤本」と呼ばれた金井の絵本は,研究者が意図的に集めた古書によって構成された文学館などを除くと,公立図書館にはほとんど所蔵されていませんでした。ところが札幌市中央図書館には,15冊もの金井の絵本が所蔵されていました(拙稿1998「金井信生堂・絵本目録(1)――第1期1908(明治41)年から1923(大正12)年まで」『国際児童文学館紀要』13)。
 当時に1,000冊ほどの金井信生堂の資料整理に追い立てられていた私は,特に札幌の資料に焦点を絞ることはしなかったのですが,まとまったかたちでこのような絵本が札幌にあることの不思議,市民寄贈の意味は常に念頭にありました。数年後に思い立ち,金井以外の発行元の絵本が所蔵されていないかを札幌市中央図書館に問い合わせたところ,驚いたことにこの館には,同人寄贈のさまざまな発行元の絵本・絵雑誌が数多く所蔵されていました。これは共同研究に値する資料だと直観した私は,当時の絵本学会理事であった三宅および香曽我部に相談し,三宅・香曽我部・大橋の連名で,絵本学会会員に向けて共同研究の呼びかけを行いました。2001年に関西在住の9名で結成した日本絵本史研究会では,まず資料の整理,データ化を行い,次に絵本研究や各自の専門分野に関係したトピックを抽出して,その間に周辺調査や議論を重ねました。
 ここで,調査過程で把握しておきながら,この書から抜け落ちた情報を記させていただきます。これらの絵本・絵雑誌の一点ずつには,「池田イシ氏寄贈」印と「昭和55年12月24日」印が捺されています。当初,この日付が寄贈日と解釈していたのですが,絵雑誌の分類ケースに貼付されていたカードから,実際の寄贈日は「昭和48年11月9日」であったことが判明しました。つまり,これらの印は寄贈から7年後に館内整理された際に捺されたものであり,この年月日は館内整理の日付でした。この書編集の際に,この情報を落としてしまったことをお詫びし,ここに記しておきます。
 この書を上梓するまでに8年が過ぎ,共著者として名を連ねた者は4名となりました。この4名は絵本学を共通の専門としつつ,三宅はイギリス児童文学,香曽我部は美術史・造形芸術論,丸尾は比較児童文学(ロシア),大橋は児童文化学・ジェンダー論という各自の専門分野を持っています。その多様な専門性が,この書の各章に現れています。このような一少年のコレクションの質量は,当時の子どもにとって一般的なものだったのか,特別的なものだったのかなど,解明できていないことは多々あります。さまざまな問題点を残しつつ,この貴重な資料を多様な視座から調査し議論を重ね,研究成果としてこの書を上梓できましたこと,さらにそのことが評価され,日本出版学会賞奨励賞を受賞できましたことに,大きな喜びを感じております。
 ここに至るまでに,多くの方々また機関の援助や,助言と指導をいただきました。関係各位に深謝いたします。ありがとうございました。

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