第29回日本出版学会賞 (2007年度)

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第29回日本出版学会賞 (2007年度)

 第29回日本出版学会賞の審査は,出版研究の領域における著書および論文を対象に,審査規則に基づいて行われた。今回は2007年1月1日から12月31日にかけて刊行,発表されたものを対象に審査を行ったが,審査会は2月19日,3月18日,4月1日と3回にわたって行われた。審査にあたっては,学会員からの自薦他薦の候補作と古山悟由会員が製作した出版関係の著書および論文のリストに基づき検討を行い,候補作をしぼって選考を行った。その結果,日本出版学会賞1点,同・特別賞3点が決定した。


【学会賞】

 和田敦彦
 『書物の日米関係――リテラシー史に向けて』 (新曜社)



 [審査結果]
 和田敦彦『書物の日米関係』(新曜社,2007年)が扱うのは,戦前期から80年代までの北米における日本語図書の蔵書史である。大学や図書館が,北米の社会から見れば異文化である日本語の蔵書構築を目論む。その目的は,学術・政治・軍事とさまざまだ。資金を出す機関や団体にもそれぞれ思惑がある。書物を提供する日本側とて同様だ。幾多の要因が複雑に絡みあうなか,ひとからひとへと書物が手わたされ,ひとびとが結びつけられ,それが思わぬ方向へと展開してゆく。その過程を丹念に跡づけた労作である。本書は,しかし,たんに狭義の蔵書史研究という文脈だけにとどまるものではない。本書の最大の意義は,従来の出版研究が暗黙に前提していた,戦後日本の出版産業的な思考枠組みを揺さぶり,その外側にも多様な出版の営みがあることを身をもって示したことにある。その豊かな拡がりのなかから,出版の意味があらためて探究されなければならないのだ。その意味で,出版研究が本書に学ぶべきことは多い。以上が,本書を本年度出版学会賞にもっともふさわしい著作であると考える理由である。


 [受賞の言葉]

 和田敦彦

 今回は日本出版学会賞を賜り,喜びと共に評価してくださった学会に,深く感謝しております。受賞対象となった拙著の調査は,これまで十分明らかにされてこなかった,日本の書物の国際流通史とでも言える領域です。日本の書物が,戦前,戦後を通していかにしてアメリカに渡っていったのか,そしてそこにどのような歴史的な要因が働いてきたのかを,解明してゆく作業です。
 この調査は,北米各地で日本語図書館を構築してきた多くの大学図書館の協力を得てなされてきました。日本についての文献収集,図書館構築の歴史をとらえるには,各地の大学の学校史料,特に大学アーカイブズの史料が重要です。それとともに,日本語図書館で長年働いてこられた人々からの聞き取りや情報提供も必須でした。ですので,まずもってこの調査に協力を惜しまなかった各地の図書館のスタッフに感謝するとともに,数え切れないほどの好意に少しでも報いることがきたのではないかとも思いました。
 この調査の過程では,戦後アメリカで増えてゆく日本語図書館で,大きな役割を担ってきた人々からの聞き取りや資料提供が,時と共に次第に困難となってきつつあることも痛感しました。海外の東アジア文献を扱う図書館の研究グループである東アジア図書館協会(Council on East Asian Libraries, CEAL)は,その会誌で今年福田なおみ氏の追悼特集を組んでいます(Journal of East Asian Libraries, No. 145, June 2008)。海外の日本語図書館構築や海外向けた日本関係文献情報を作り等,書物の日米関係史という観点から非常に重要な位置を占める方で,亡くなられたことは残念でなりません。この特集に寄稿されている方々は同時に拙著の調査に協力を仰いだ方々でもあるのですが,福田氏ご自身からは体調の問題もあって,とうとうお話をうかがう機会がないままでした。
 また,まだまだ明らかにしてゆきたいこと,補足してゆきたいことも多々あります。先の追悼特集の組まれた福田氏は,国際文化会館の図書館長として活動されてもいたのですが,拙著ではこの国際文化会館の記載が国際文化振興会と誤って記載されている箇所もあり,正誤も含めて続稿を早くまとめたいとも思っています。
 今は,拙著で今回扱ったテーマの周辺にある諸問題を扱った続編を書きたいと準備しているのですが,最後に拙著の編集でお世話になった新曜社の渦岡謙一氏に感謝しておきたいと思います。繰り返しの編集サイドとのやりとりの中で,曖昧で読みにくい自身の文章が,同時に情報や考え方の曖昧さ,不完全さを含んでいることをしばしば気づかされました。こうした経験を今後の研究,著作にうまく生かせれば,と思っています。


【特別賞】

 小尾俊人
 『出版と社会』 (幻戯書房)



 [審査結果]
 昭和15年,18歳のとき長野県から上京し,出版の職業に就き,戦時中は学徒出陣で入隊し,戦後,みすず書房の創業に参画,45年間,同社の編集責任者を務めた体験に基づき,社会的分業としての出版が歴史的に形成される過程や出版という社会現象について,多くの文献を引用しながら,過去の出来事を生き生きと蘇らせるという方法で,多角的に考察している。対象となった時代は,著者が全体の雰囲気を実感できる昭和の戦前で,改造社の円本が出版界に与えた影響や円本現象の反動として生まれた岩波文庫,戦時中における出版に対する国家の検閲,「講座」の出現,単行本ベストセラーとしてのレマルク『西部戦線異状なし』,「総合雑誌」の興亡などが検証されている。安易な論じ方よりも,資料の引用を重ねる形で論理を展開するという態度を一貫しているが,これは,みすず書房において『現代史資料』の編纂にあたった経験を生かしたもので,昭和出版史を論じる際には欠かせぬ書となっている。


 [受賞の言葉]

 小尾俊人

 昭和出版史の一面を描いた『出版と社会』の一冊が,はからずも専門家の皆様のお目に止まり,光栄ある受賞となりましたことは,まことに有難く厚く御礼申し上げます。
 私が出版を自分の職業として選んでからもう半世紀以上の年月が流れました。毎日毎日の雑務は否応なく,仕事として流れていきました。
 その間,しばしば,「出版とは何だろうか」という疑問が,頭のなかにもたげてくるのでした。
 それは,社内で,何かあると必ず出てくる言葉です。「だって,そんな売れそうもないものは,駄目々々」とか,「ああ,何とか,アッというような,目の覚めるような本をだしたいなァ」とか,「あんないい本を,よその出版社にとられて,一体うちの編集部は,何しているんだ」とか,その他々々々。
 出版が一つの企業である限り,経済的利益を目的としていることは勿論です。しかし,出版屋は,製造業として別の目的もなければならないのではないのか。モチ屋やクスリ屋や酒屋とはちがうもの。それは文化という,人類が文字の発明以来,堆積してきた記憶を伝達し,また,それに新しい価値の創造を追加する,ということ。
 まあ,この二つの目的の焦点の合致した点の追求の問題です。うまく行けば利益もあがり,さらにいい企画ができる。しくじれば,倒産,廃業,逃亡など。まあ地獄と極楽の両面の緊張が,ほかの企業より,多く要求されているわけだと思います。
 この問題を何とかまとまった形で考えられないか,永い間,アタマのなかに,ひっかかっていました。
 それが,出版クラブの大橋さんのおすすめで,何とかまとめようとしたのが,この本であります。
 関東大震災(1923)から第二次大戦の敗北(1945)の時間的流れのなかで,この期間における,出版現象の出来事,推移,影響関係など,できるだけ具体的に,とくに問題に直接的に関与した人びとの談話または記述に基づいて,書いてみたのであります。
 いずれも劣らず,「情熱家」の方々の出場であります。情熱は興奮とはちがいます。冷静に,自分の立場を自覚して,距離をとって,クリアな判断をくだし,その実現のための戦術・戦略をこらす,その具体的実例を,過去の事実のうちに見ようとしたわけでございます。
 未熟ながら,出版社会学の一つの試みとして,ごらんいただければ,と存じます。
 あらためて,関係者の皆さまに,心からの感謝のことばをささげます。


【特別賞】

 株式会社印刷学会出版部編
 『「印刷雑誌」とその時代――実況・印刷の近現代史』
 (株式会社印刷学会出版部)



 [審査結果]
 印刷専門誌『印刷雑誌』は,明治24(1891)年,新聞や雑誌が興隆し文明開花期の言論をリードしていた頃に創刊された。当時,活版印刷所は次々と設備を増強し,出版産業を離陸させるカタパルトの役割を担っていた。大正7(1918)年に創刊された2代目とあわせて117年にわたり日本の印刷文化・技術の変遷を見つめてきた。本書は,その雑誌記事を通して,日本の近現代印刷史の通覧を試みたものである。第一部では分野ごとの解説を行い,第二部では収録記事の中から資料的価値のある記事を年代順に再録している。言うまでもなく,出版は印刷技術を基盤とした言論表現活動である。印刷技術の進歩と出版物の変化は表裏の関係にあり,本書により活字書体や組版,雑誌のカラー化・大型化,百科事典の刊行,多量部数の週刊マンガ誌の成立,さらにはデジタル化の背景を知ることができる。このように印刷技術の変化を見ていけば,データとして捕捉しにくい出版の変化をとらえることもできる。出版研究においても印刷技術は,もっと注目されてよい分野であり,その意味からも重要な原典資料がまとめられたと言ってよいだろう。


 [受賞の言葉]

 中村 幹(株式会社印刷学会出版部 代表取締役社長)

 今年4月,当社の表記書籍が日本出版学会・特別賞をいただきました。ありがとうございました。
 監修者6名(中原雄太郎,川畑直道,松根格,平野武利,高岡重蔵・高岡昌生)および多数の『印刷雑誌』(月刊)に登場しました著者を代表しまして,発行者としてお礼を述べさせていただきます。
 日本の印刷産業は,ほかの産業同様,明治期から世界大戦等を経て,昭和,そして現代まで,数々の技術革新がなされ,今日のような安価で,そして高画質の印刷物を大量に世に送り出すことができています。
 『印刷雑誌』は1917年(大正6年)創刊,90年の年月の間,その印刷技術を中心に,文化・歴史の面からも情報を配信してきました。そして印刷を中心にデザイン,出版界など多くの方々に支えられて生きてきました。
 さらに,その前身である同名の初代『印刷雑誌』は1891年(明治24年)創刊であり,そこから数えると117年もの時間になります。これほど長く生き続けています雑誌は,一般誌含め,数多くはないでしょう。
 印刷産業の中では,業界紙や年鑑,白書など,多くの優良な媒体がありますが,印刷技術,文化,歴史に関し,本書『「印刷雑誌」とその時代―実況・印刷の近現代史』のように出版界の人が読んでも意味ある1冊にまとめた出版物は数少ないと思います。
 そのような点から,また,出版は印刷技術を基盤とした言論表現活動であるため,出版と印刷の橋渡しをする意味合いも含め,本書は今回の賞をいただけたのではないかと思います。
 『印刷雑誌』は,日本の印刷文化・技術の変遷を追い続けてきました。名前の通り印刷産業に携わる人々が多数の読者でありますが,それ以外にも企業の印刷物発注者であったり,前述のとおりデザイン会社や出版社の方々にも愛読されています。
 本は,出版界と印刷界が両輪となって世に出すことができます。今回の受賞を励みに,当社は今後よりいっそう,出版界と印刷界の両側面から,出版と印刷に携わる人々に優良な媒体を出していきたいと考えています。





【特別賞】

 『50年史』編集委員会編
 『日本雑誌協会 日本書籍出版協会 50年史』
 (社団法人日本雑誌協会・社団法人日本書籍出版協会)



 [審査結果]
 本書は,戦後の出版業界の歩みとその間に起こった出版界のさまざまな出来事と問題を余すところなく整理したものである。出版産業は再販制度と委託制度という他の業界にはない業界特性を持ち,出版という営為から生み出される製品は極めて社会性と文化性が高いという商品特性を持つ。こうした特性について,第1部で出版の50年を概観し,第2部ではテーマ別史として出版流通・販売,出版情報,出版の自由,出版社の権利,読書推進,図書館との連携,電子出版,国語と表記,出版税制・経営管理,生産・製作,雑誌広告,国際関係など広範なテーマに関し,80項目以上の個別テーマに分けてその歴史と現状の詳細な分析を行っている。また,第3部雑協・書協の沿革と組織,第4部年表では,戦後から今日に至るまでの雑誌・書籍出版活動が一覧でき,本書は出版業界人はもとより,出版研究に従事する者にとっても一級の資料となっている。


 [受賞の言葉]

 田中光則
 (日本雑誌協会・日本書籍出版協会『50年史』編集委員会 編集部デスク)

 2007年10月13日午前10時,フランクフルト・インターコンチネンタルホテルの相賀昌宏総編集長(小学館社長)の部屋で最終校正が始まった。その3日前,11日に開催する雑協・書協創立50周年記念祝賀会に出席のためフランクフルト入りした総編集長に,私(デスク)は東京から持ってきた最終ゲラの束を「13日に東京へ持って帰りますので,それまでにチェック願います」と言って渡した。まだ5章分と前付・後付が残っていた。総編集長は連日の打ち合わせ・視察・パーティにもかかわらず細かく原稿をチェックし,部屋でデスクと2時間の付け合せのうえ,校了とした。これで,総編集長は通しで2度読んだことになる。作業が終わると総編集長はパリへ,デスクはゲラを持って帰国の途についた。
 ――こうして『50年史』は,11月21日の帝国ホテルでの創立50周年記念式典に間に合ったのです。
 『50年史』は,雑協・書協創立50周年記念事業の一環として2004年12月の第1回両協会合同会議で〈基本方針〉が確認されました。しかし具体的方策が見出せないまま作業はほとんど進展せず,1年後の第2回合同会議でようやく相賀総編集長が決まり,翌2006年3月に総編集長から示された〈編集方針〉によって,編集作業は一気に動き始めたのです。
 編集委員16人,執筆協力者19人,編集協力者13人,編集部=事務局6人,編集協力=委託実務編集者1人,これはもう立派な「単行事典」の編集体制です。
 そのため,某社の事典編集者に編集・制作要領の教えを乞い,委託先のベテラン実務編集者の力を借りて〈基本方針〉〈編集方針〉に沿って「執筆要項」をきめ細かく作成し,テーマごとに重要度に応じた大項目・中項目・小項目を配した「目次構成」を作り,それぞれの原稿枚数を決め,「見本原稿」を付して執筆を依頼しました。執筆者はそのテーマの当事者から選び,項目によっては複数の執筆者で分担執筆しましたが,執筆の達者もいれば,不慣れな方もいます。しかし,その十人十色の文章はベテラン実務編集者の手によって「個性を残しながら」「平易に」整えられ,中垣信夫氏の見事なデザインに吸い込まれていったのです。今にして思えば,さまざまな問題が生じても〈基本方針〉と〈編集方針〉が途中でまったくぶれなかったことが「まとまり」の大きな原動力であった,と強く思います。
 「あとがき」で相賀総編集長は記しています。「この年史はこれで完成ということではなく,書き継がれ,編集し続けるものとして企画されました。見方のちがい,意見のアンバランス,重要な事実の見落としなどについてのご意見ご指摘はありがたく頂戴したいと存じます。参考資料や意見や書き直しとして追加すべきものは〈50年史Webサイト〉に収容し,将来の「年史」はそこから編集できるようにしようと考えています。」と。
 このたびの受賞は編集関係者全員にとって大きな喜びであり,そしてまた,「出版業界人はもとより,出版研究に従事するものにとっても一級の資料」との評価は,過去から未来へ「書き継がれ,編集し続ける」企画としての本書にとって,大きな励みとなりました。

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