第25回日本出版学会賞 (2003年度)

第25回日本出版学会賞 (2003年度)

【奨励賞】

 長谷川 一
 『出版と知のメディア論――エディターシップの歴史と再生』  (みすず書房)

 [審査結果]
 本書は,著者が2002年2月に東京大学大学院情報学環・学際情報学府に提出した修士論文『デジタル・メディア社会における知と出版――「モノづくり」から「コト編み」へ』に全面的な改稿を施したものである。その内容について,著者は序章の冒頭で「本書は,出版という現象を対象として知をめぐる諸相と結びつけて捉え,メディア論の視座から検討を試みるものである」と述べているが,本書の特色は,この言葉に尽くされている。すなわち,本書は出版を対象としながら,出版に固有の研究領域や研究体系を確立することについては特別の関心を示さず,従来の出版研究に欠けていたメディア論的パースペクティブを導入することによって,メディア論による出版研究をめざしている。そして,メディア論的な視座についても,メディアを単なる情報伝達装置として捉えず,「社会のなかに複雑に編みこまれた多層性を帯びた存在」(序章)として捉え,出版現象も固定化した関係のなかでの交渉過程として静的に捉えず,コミュニティを生成する営みと考えるなど,動態的に捉える視座を提示している。そのことによって,今日の知をめぐる文化状況に対する批判的視座を確保するための回路を開削し,再帰的に出版というメディアを捉えなおすという壮大な試みを行っている。このような意図を持つ本書は,細部においては理論的精緻化が要請される部分もあるが,新たな発想によって出版研究の新次元を拓いた労作として,日本出版学会賞奨励賞を授与することとした。

 [受賞の言葉]

 PublishingからPUBLICingへ 第25回 日本出版学会賞奨励賞を受賞して  長谷川 一

 このたび日本出版学会賞奨励賞という栄誉と伝統ある賞を賜りましたこと,身に余る光栄と存じます。学会長の植田康夫先生はじめ,選考委員の先生方,会員のみなさまに心から御礼申しあげます。
 この研究は,「出版」という事象をメディア論の立場から問題化してみようと始めたものです。日本ではとくに1990年代以降に発達してきたメディアを主題とする研究潮流をなるべく踏まえたうえで,それらと相互に連絡可能な形で「出版」を扱ってみたいと考えました。「出版」とよばれる事象において,産業・資本・規範・価値・流通・イデオロギー・形態・テクスト・読み……などといった次元の異なる諸々の点が,どのように関係づけられ編み込まれて存立しているのかということを,まずは解きほぐしたかったのです。そこで,知と出版が構築してきた相互浸透的な複合関係の様態を歴史的・空間的に跡づけたうえで,日本における「人文書」空間の終焉を明らかにし,「出版」という概念の脱構築と再編成への入口へたどり着きました。結果的に――幾人かからご指摘いただいたとおり――「人文書」空間の終焉をもっとも「人文書」らしい出版形態で論じるという,齟齬と矛盾に満ちた書物になりました。
 「編集者」のわたしがなぜ研究に手を染めることになったのか。きっかけはごく個人的なところにありました。
 本と映画と旅と園芸が好きな以外これといって取り柄のない人間が,社会のなかで生きてくることができたのは,わたしが自身を「編集者」と見なすことを「出版」という世界が受け入れてくれたからです。「出版」はわたしにとって「育ての親」というべき存在だといえます。ところがその「出版」は,20世紀末からの世紀転換期に縮小をつづけ,デジタル化への期待と怖れに迫られ,出口の見えない息苦しさのなかにありました。そうした状況を,現場的あるいは個人的経験としてだけでなく,もう少し社会的文化的文脈のなかで問題化する視角を探求することは切実な課題なのではあるまいか。わたしの研究は,自身のためであると同時に,「育ての親」たる「出版」へのささやかな恩返しという気負いもありました。
 しかし研究とは――「出版」がそうであるように――確かに協働的な営みです。導いてくださった東京大学大学院情報学環の先生方,院生仲間・友人・家族の励まし,箕輪成男先生はじめとする先生方のご助言,それらは不可欠の支えでした。「巨人の肩に乗る」――先人の偉大な業績のうえに研究は成立する――という言葉の重みを,あらためて痛感したしだいです。
 拙著で触れましたとおり,出版するpublishの原義は,to make publish「パブリックにする」「パブリックをつくる」ことにあります。今後の「出版」publishingに可能性がひらかれているとすれば,この方向に他なりません。その新しい「出版」を,いま仮にPUBLICingと名づけましょう。その可能性へ向かって,微力ながら少しでもお役にたてる研究をつづけていきたいと存じます。
 最後に,本書を出版してくださったみすず書房のみなさまと,さまざまな形で応援してくださった流通・書店関係者の方々,そして誰より読者のみなさまに,この場を借りて心から御礼申しあげます。ありがとうございました。


【特別賞】

 〔監修〕布川角左衛門 〔編集〕浅岡邦雄・稲岡勝・佐藤研一・佐野眞
 『日本出版関係書目1868-1996』  (日本エディタースクール出版部)

 [審査結果]
 1868(明治元)年から1996(平成8)年までの130年間に日本で刊行された出版と書物に関する文献総覧であるが,出版関係コレクションの宝庫ともいうべき布川文庫の所蔵資料をベースに,各種の類縁機関の所蔵資料を調査して補った約5160点の書誌データを配列,収録している。本書のベースとなった布川文庫の所蔵資料とは,日本出版学会の元会長である布川角左衛門氏が『日本出版百年史年表』(1968年刊)を編纂するために集めたものだが,『日本出版関係書目』は,この資料を目録化することを第一歩として編集が始まった。その作業にあたったのが,日本出版学会の会員である浅岡邦雄,稲岡勝氏の他二氏であるが,浅岡氏らは,布川文庫の所蔵資料のカード目録を完成させると,その中から出版関係の文献を抜き出してデータ・シートに転記し,さらに大学図書館や出版社の図書室に所蔵されている資料を補充し,基礎データの収集に努めた。そのような作業を経て集められたデータを独自の編成で配列,収録しているが,特に出版社史と出版人の伝記については,前者が386点,後者が352点というぐあいに多数の書目が収録され,これまで図書館の分類表では探すことの出来ない資料を知ることが出来る。巻末には100頁に及ぶ書名索引,人名・団体名索引なども付けられ,今後の出版研究のツールとして貴重な書であり,日本出版学会賞特別賞を授与することとした。

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