第1回日本出版学会賞  (1979年度)

第1回日本出版学会賞 (1979年度)

 第1回日本出版学会賞の審査は,日本出版学会賞要項および同審査細則に基づき,1978年10月1日から79年9月30日までの1ヵ月間に発表された出版研究の領域における著作を対象にして行われた.
 右のため,審査委員会は1979年10月1日から80年3月7日までの間に6回開催され,委員会が収集した文献目録および会員推薦(アンケートによる)の著作を基礎資料にして総括的な検討を開始した.ついで第1次選考,第2次選考というように順次回を重ね,具体的かつ慎重な審査を行った.その結果であるが,今回は残念ながら授賞に適当と判定される著作を見出し得ないという結論に達した.
 もっとも,審査の過程の中で,有力な候補がなかったわけではなかった.よってそれらについてさらに考慮し,学会賞要綱にしたがい,箕輪成男の論文「出版と開発――出版開発における離陸現象の社会学的考察――」(『出版研究』第9号に発表)および出版太郎の著書『朱筆』(みすず書房発行)の2つが佳作として表彰に値いするものと認定された.



【佳作】

 箕輪成男
 「出版と開発――出版開発における離陸現象の社会学的考察――」
 (『出版研究』9号)

 [審査結果]
 箕輪成男「出版と開発」は,出版と社会開発との関係を社会学の立場から考察したものであるが,これまでの抽象的なアプローチと異なり,社会学の方法論をふまえ,この種の問題に関するほとんど初めての比較的研究を行なったものとして評価できる.

 [受賞の言葉]

 受賞して  箕輪成男

 「受賞のことば」をとの会報委員の御依頼であったが,私としてはむしろ審査の過程が大変印象的であった.出版学会に入会して十年近いが,学会の色々な場の中で,今回の審査のプロセスほど学問的厳しさを感じたことはなかった.平素はまあまあといった感じの会話が多い出版学会であるのに,いったん学問的審査となった時に審査委員が示された客観的で健全な判断,厳しい規準,公平性といったものは,学問する者のあるべき姿を如実に示しており,日常の学会のあり方に多少疑問を抱いていなかったわけでもない私は,大いに意を強くし,共感を覚えた次第である.しかし同時に,そうした厳しい姿勢がなぜ平素の学会活動に,もっと反映しないのかと不思議に思ったのも,また事実である.
 審査委員の末席に名を連ねる者として,自分の作品が受賞の対象になったことに,いささか居心地の悪さを感じないわけではなかったが,審査委員の判断を信ぜよ,という他の委員の力強い言葉を無下に否定できなかった.前述の通り,私は厳正な審査の過程を見て来たから,いっそう諸先輩委員の言葉を信ずることができたのである.
 とはいっても,私の論文は,少くとも私自身にとってもその弱点がよくわかっている,誠に不十分なものである.論文末尾に記したとおり,研究ノートというべき未完成の作品なのである.それにもかかわらず,若干の会員から候補作品として推せんされ,審査委員会が最終的に佳作と認めて下さったのは,出版学の方法の提示を意識したいささか古典的に過ぎる拙論の,意図とその意味を,出版学の今後の発展という文脈の中で評価されたためであろう.この度の受賞は筆者にとって,この上ない名誉と考えている.



【佳作】

 出版太郎
 『朱筆』(みすず書房)

 [審査結果]
 出版太郎『朱筆』は匿名であるが,現代における出版について,さまざまな角度から鋭い分析批判を行ない,全体として現代における出版評論の水準を著しく高めたものと認められる.

 [受賞の言葉]

 受賞の言葉  「朱筆」筆者代理 小尾俊人

 「朱筆」は雑誌「みすず」に10年この方,出版太郎の名で連載,いまなおつづいているコラムをいうが,受賞の同名の書物は,その10年分を集めている.
 出版界に生起する現象にできるだけ広い視野からの展望と批判を意図したものである.現在のマス社会マス生産のなかでは,思想表現の自由を基盤に,生気ある果実を世に送り出すという我々の使命は,ほとんど放棄されているように見える.出版は両刃の剣で,公害産業にもなり得る,すでになっているかも知れぬ.真暗闇のなかで「朱筆」はローソクたりうるだろうか?
 出版した書物が注目評価されることは,著者にとっても出版社にとっても嬉しいことだ.しかしそれはケタタマシイ宣伝のなかでよりも,心から心への,あるいは無言の瞳のうちに,静かに愛される書物においてこそ,喜びはより大きくあるだろう.
 最近は,商策による○○賞のたぐいがあまりに多いので,受賞にもかなり屈折した複雑な感情のあるのは避けられぬ.しかしながら,出版学会が,私共のこのような仕事に理解を示されたことは,感慨とともに,率直な感謝の気持を持たずにはおれない.



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