日本出版学会へようこそ

私たち日本出版学会では,出版およびそれに関連する事項の調査,研究を行い,出版文化の向上に資することを目的として活動しています。

研究発表会(春季:東京/秋季:関西)をはじめ,各部会を随時開催しています。

<日本学術会議 協力学術研究団体> 

新着情報

「出版流通研究部会報告」 (2014年12月1日)

「出版産業と出版流通の展望と課題」

― 産業状況・再販問題・消費税・電子出版権創設と新しい出版契約  

樋口清一(日本書籍出版協会) 

 1996年以来の「出版不況」は今年も改善されることはなく、むしろ、出版物の売れ行きは低迷しているというのが出版関係者に共通した実感である。しかし、その実態および原因については、いまだ十分な検証が不足しているのではないか。出版業界の将来を考えるためには、たとえば、以下のような論点について、予断を持たずに検証していくことが必要である。

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▲出版流通研究部会2014930日)

 電子書籍販売の現状と出版流通

-ボイジャーの新しい試みを踏まえて-

萩野正昭氏 

電子書籍の市場規模が初めて1000億円を超えるなど出版産業に与える影響は大きなものがあります。改めて、その現状を考えあってみたいと思います。報告者は、『電子書籍奮戦記』(新潮社刊)を書かれたボイジャー創設者の萩野正昭さん、約20年にわたって電子出版の最前線を走り続けられた経験から、電子書籍の歴史、展望、哲学など「電子本の過去・現在・未来」を語っていただきました。(参加者:会員8名、会員外11名。講師を含め20名、会場:八木書店会議室)

 報告の骨子

電子出版を20年ほど前から先駆け的に取り組んできました。電子出版の普及を進めるために、電子本ビューア『ティータイム(T-Time)』や、青空文庫の縦書きリーーダー『アジュール(azur)』、出版物の電子的なフォーマットとなる「ドットブック(.book)」やインターネット・ブラウザでデバイスを選ばないBooks in BrowsersBinBの開発・提供に力を注いできました。

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▲ 出版編集研究部会発表要旨(2014年9月26日)


『出版社の100年と私の50年』


=表現の自由と出版規制の軌跡=

下村 昭夫

 今年で、編集生活53年になるという出版メディアパル編集長の下村昭夫会員(元・オーム社。雑誌局に41年間勤務)に「100年を生き抜いた出版社の歩み」と、その軌跡を語っていただきました。
(会場は日本大学法学部。参加者会員12名・会員外6名、計18名)

<報告の骨子>(文中、敬称略)
 近代日本の出版の始まりは、1867年の『西洋事情』や1873年の『明六雑誌』にその嚆矢を見ることが出来るが、明治初期に生まれた出版社は、丸善や吉川弘文館(1869年)金原出版(1875年)、有斐閣(1877年)、南江堂(1879年)三省堂(1881年)河出書房(1885年)などがあげられる。
 出版は、生まれたときから「表現の自由と言論抑圧」のはざまの中で苦難の道を歩んできたと言える。1869年には「出版条例」が制定され、93年「出版法」に改正され、出版規制を強める。明治政府は、「一定の出版の自由の保障と規制強化」を同時進行で行ったということが出来る。
 「出版条例」では、奥付けに「出版者・著者、印刷者の明記」の義務化導入し、「出版法」では、「納本・検閲制度」の制定などを行い、治安維持法の制定ともに言論統制・思想統制を強化していく。

<博文館の歩み>
 1887年に 大橋佐平によって設立された博文館は、近代出版の歩みの中でも特筆される。集録雑誌『日本大家論集』を刊行、出版、取次、小売、印刷、広告の統合する近代的出版社の誕生といえる。
1890年には、東京堂を創業、翌年卸売業を始め、日配統合まで「四大取次」の第一位を占める。1897年10周年記念事業として「博文館印刷所」(後の「共同印刷」)などを設立。1902年博文館15周年記念事業として「大橋図書館」開設(現在の「三康図書館」)している。
<講談社の歩み>
 1909年に、野間清治によって、大日本雄辯會が創業される。1910年には、弁論雑誌『雄辯(雄弁)』を創刊、1911年には、講談社を創業。雑誌『講談倶楽部』を創刊、1914年には「面白くてためになる」を社是に『キング』を創刊。1925年ごろには、爆発的大ヒットとなり、1928年には150万部を突破。「雑誌王国」講談社が確立する。
<岩波書店の歩み>
 1913年8月に岩波茂雄によって、古本業岩波書店が創業される。翌1914年、夏目漱石『こころ』を刊行。出版社として歩み始め、1921年には、『思想』創刊。1927年に『岩波文庫』創刊。1938年には『岩波新書』創刊と続く。1955年には、『広辞苑』初版が刊行される。2013年に100周年を迎え、新しい1世紀へのスタートを切った。
<平凡社の歩み>
 1914年6月に『や、此は便利だ』で有名になった下中弥三郎が平凡社を創業。1927年 には『現代大衆文学全集』60巻の刊行開始。円本時代の一角を築く。1928年 『大百科事典』全28巻刊行を発表(1934年完結)し、百科事典の平凡社の名を不動のものにする。100周年を迎えた同社の3本の柱は「百科事典・東洋文庫・別冊太陽」と言える。
<オーム社の歩み>
 1914年11月1日、廣田精一らによって設立。電気雑誌『OHM』(オーム)誌創刊。電機学校(1907年設立、現在の東京電機大学の前身)の出版部から分離独立し生まれた。創刊の辞に『オームは抵抗を聯想せしむ。吾人は吾人の進路に頑強なる抵抗障礙を豫期す。然れども吾人は踏み慣らされたる坦々たる道路を歩むを欲せず。必ず新道を開拓し帝國特有の學術を樹立せんとす』とある。創刊100年周年を迎える11月号で通巻1265号の長寿雑誌となる。積み重ねてきた書籍は、1万1150点を数える。
 社名は、電気工学の基礎を築いたドイツの物理学者ゲオルク・ジーモン・オームに由来するが、創刊に尽くした廣田精一(H)を中心に電機学校の初代校長扇本真吉(O)、丸山莠三(M)教頭の三人の頭文字を並べ、社名としたとも伝えられている。
1922年に株式会社となり、新生オーム社の誕生となる。戦後は、1事業体・2社制度を敷き、製作部門のオーム社と販売・小売部門のオーム社書店に別れ発展し、1981年に対等合併し、現在のオーム社になる。
 出版文化国際交流会の設立に貢献した田中剛三郎は、オーム社の社長。工学書協会の設立・運営に尽力した須長文夫は、オーム社書店の社長である。古くから「責任販売制」を唱え、専門書の地歩を固めた。
 1972年のブック・スト(ブック戦争)では、高正味出版の代表格として、「書店の不買商品リスト」に名を連ねた事もある。
60年代の高度成長・技術革新とともに歩み、時代とともに生きてきたといえるが、昨今は、出版界全体の苦境の中、専門書出版社は軒並み、厳しい時代を迎えている。
 60年代のオーム社を語る著書がある。一つは、日本エディタースクール出版部から発行された『出版販売の実際』(須長文夫・相田良雄 ・柴田信共著)である。エディタースクールの講義録を編纂した書籍で、オン・デマンド版は今でも購入できる。
もう一つは、当時のオーム社書店営業部長であった下村彦四郎(元・会員)の『棚の生理学』シリーズ3部作である(出版メディアパルから新装版が発行されている)。
 専門書の販売に欠かせない「常備・単品管理」など、出版販売の実務の実際「出版物の販売という形のない技術」を解説した実務書である。その考え方はコンピュータ時代の出版販売に今でも有効である。
 100年を生き延びた出版社の歴史は、あまりにも重い。その歴史を引き継いで、新しい道を切り拓き歩み始めている。

なお、報告の後半部分「表現の自由と出版規制」の部分については、添付ファイルをご参照いただければ幸いです。
(文責:出版編集研究部会)

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