世界一の出版大国になるインド  田中 崇 (会報125号 2009年10月)

■ 世界一の出版大国になるインド (会報125号 2009年10月)

 田中 崇

 インドは12億の人口を持ち,アメリカ,イギリスに次ぐ,英語による世界で三番目に大きな出版大国である。インドには,約16,000の出版社があり,数百あると言われる地方の言葉の中で,30ほどの言語の書籍が出版されている。年間の出版点数は77,000点ほどの書籍が出版されている。
 「インド式インテリジェンス」須田アルナローラ著によればインドでは,公用語はヒンディー語と英語であるが,実際には英語を除くと22の言語が使われており,それぞれが英語とフランス語あるいはそれ以上のちがいがあるそうである。実際,22の言語は政府認定の言語であり,各地方では日常にその地方の言語が使われていて,他の地方からの人との会話には,英語が使われている。紙幣にも英語のほかに15の言語での表示がある。
 ニュースを中心とする新聞は,日刊,週刊を中心に登録されている新聞だけで63,000紙もあり,年間2億部ほど発行され毎年増加している。
 このようなインドの読書人口の多い背景には,統一された一つの教典を持たず,数えきれない宗派を持つヒンドウー教の信者(世界で7億人ともいわれる)の信仰のための出版がある。
 また,毎年工学系の大学だけでも50万人の卒業生がいるという,中間層(日本の管理職クラス?)の多さである。
 インドのIBEF(インド商工省と工業連盟の合同団体)の資料によると,インドでは,15歳以上の人の読書人口は2005年のデータでは27%で世界の平均の50%より低いと報告している。またこの報告では,インドのエンターテイメントとメディアの関係を2005年と2009年と比較すると,テレビが41%が50%に,印刷物が38%が26%に,映画が18%が22%に変っている,と報告している。
 デリーとムンバイと交互に隔年で開催される「デリー国際ブックフェアー」は東京の10倍もの規模で,10日間で100万人もの参加がある。もっとも,展示会と同時に本を購入するための販売会でもあるのである。
 展示本の主流は英語なので,イギリスをはじめ,世界中の出版社からの出品も多い。
 これらの,書籍の造本関係を調査すると,イギりスやスイスの出版社の発行で,印刷は,インド,ホンコン,中国のものも多く,品質もまちまちである。
 日本からも毎回,出版文化国際交流会からの合同出展がある。
 一方,識字率はまだ65%程という背景もあるので,毎回,国連の援助で,UNESCOが識字率向上のための各種の活動や子供のための出版物を展示している。
 インドの写真を含む専門書や雑誌の制作では,IT化が進んでいて,以前から受注していたイギリスで編集した辞書などをインドで印刷,製本し,世界に発送するというシステムを発展させ,英語に堪能で専門教育を受けた編集者がNETで送られてきた元原稿を編集レイアウトして,NETで送り返したり,言語変換もするようなEditing serviceを2,000人の態勢で受注している印刷会社もある。
 もちろん,XMLなど世界最先端のDTPソフトを使用し,自社でも,ソフト開発をし,リモートプルーフも採用を始めている。
 最近のインドの印刷業(印刷会社20万社200万人)の年間の売り上げは,新聞:2,600億円,出版:1,500億円,商印:2,500億円,パッケージ:3,500億円などとなっている。
 インド新聞協会の報告では,出版物の中で雑誌のカテゴリーは年間で1.ニュース時事:4,600誌/6,500万部,2.文学:60誌/280万部,3.女性誌:21誌/150万部,4.宗教・哲学:63誌/90万部,などとなっている。
 インドでの出版物の販売は,衣料品や日用品,食品の販売と同様に,浅草なかみせのような軒を連ねた小さな店の商店街に中に本屋も並んでいるという形がほとんどで,専門書やイギリスを中心とする外国の本や雑誌は,中クラス以上のホテルに入っている本屋が扱っており,併せて世界の観光ガイドブックや絵ハガキ,小物の観光ミヤゲを販売しているのが従来の販売ルートであった。
 このような高級書店の中には,骨董価値のある,百年前にイギリスで出版された豪華な書籍も高値で販売している。
 また,雑誌は,街角にあるタバコ屋のような新聞売りコーナーでの販売や,大通りの交差点で新聞やタオル,ティッシュペーパーの函入り,菓子を売るのと同じようにドライバーに立ち売りしているのもある。
 大手の出版社では,1万人以上の立ち売り人を利用している。
 この販売人も日本の或る雑誌のように,なんとか毎日食べるぐらいの手間賃がもらえるようである。
 またこの数年で出現した数百の日本のスーパーマーケットと同じような「ビッグバザール」にも出版物のコーナーがあり中間層の図書購買が増加している。
 また,数年前からデリーにできた数百キロの路線長を持つ地下鉄の駅にも書店ができている。
 以上,18年前からインドで出版,印刷の仕事をしている中での感想は,今後のインドの出版,印刷はまだしばらく成長すると思われるが,昨年11月に東京で開催された「アジア太平洋デジタル雑誌国際会議」でのインド大手の出版社の社長の報告の通り,雑誌の販売部数の低下,広告の減少(2009年は前年比15%減の予想と報告あり)に対応すべく,雑誌の専門細分化,WEB対応,納期,コストの改革が必要だと思われる。

(ダイヤモンドグラフィック社顧問・Thomson press (India) Ltd General manager Tokyo office)