第18回 国際出版研究フォーラム発表 「活字出版物のバリアフリー」 近藤友子 (2018年11月)

活字出版物のバリアフリー ――情報技術の進展と新しい読書メディア

近藤友子
(広島女学院大学特任准教授)

 近年の読書では紙媒体の書籍や雑誌だけでなく,電子媒体による電子書籍や電子ジャーナルなどの利用がみられる.デジタル技術を活用した資料の提供,利用の広まりは活字出版物の転換期とも考えられる.本発表では図書・雑誌,電子書籍・電子ジャーナルなどの利用に困難を持つ人の活字出版物のバリアフリーの動向や読書について考え,情報技術の進展と活字出版物の在り方について考察を行った.

 活字を利用する読書に障壁(バリア)を抱える読書困難者にとって新しい読書の形として電子書籍などのデジタルデータを活用した読書がある.音声読み上げ機能により耳からの読書を楽しむなど,情報技術の進展はデジタルデータのテキストを音声で利用する新しい読書の形を生み出した.1995年に日本初の電子書籍販売サイト「電子書店パピレス」が運営を開始し,1997年にはインターネット上で著作権切れの文芸作品を無料で公開した電子図書館「青空文庫」が開設され,1990年代後半には電子ジャーナルの普及がみられるなど紙媒体から電子情報を媒体としたメディアの変化が窺えた.

 情報技術の発展は,学習障害の一種である「ディスレクシア」(Dyslexia)などの文字の読み書き学習に著しい困難を持ち,活字出版物の利用が難しい利用者へデジタルデータを活用した新たな読書スタイルを提供した.視覚に障害を持つ人は点字や大活字本などの資料や,音声を利用した読書を行うことができる.また誰もが読みやすい短い言葉や写真,絵文字などを用いて作られている「LLブック」は,知的障害により読書が困難な人たちも読書を楽しめて情報を得ることができるなど,今後の活用が期待される資料である.

 日本では1990年代に入りバリアフリーという言葉が使われ出したが,活字出版物のバリアフリーとは読書への障壁を取り除くことだと考える.公共図書館では視覚障害者用の録音資料やDAISY資料において,音声を用いた資料が利用されており1960年代頃から磁気テープのオープンリールやカセットテープなどが普及し,現在はDAISYを利用した資料提供が広がっている.DAISY(Digital Accessible Information SYstem)とは視覚障害などにより印刷物の利用が困難な人たち向けのデジタル録音図書の国際標準規格である.MP3などの音声データの圧縮技術によって1枚のCDに50時間以上の録音が可能である.1996年にDAISYコンソーシアムが設立されてDAISYの普及が進められた.カセットテープはアナログ録音であったが,DAISYによるデジタル録音資料の登場は長時間の録音が可能で音質の向上など様々な変化がみられる.今日の録音資料の製作現場ではDAISY資料の製作が主流となっている.また音声とテキストがシンクロ(同期)するマルチメディアDAISYは主に教科書などの教材で力を発揮している.パソコンやタブレット型の端末を用いて音声を聞きながらそれにあわせて文字や写真,絵を見ながら学ぶことができる点は学習障害や視覚に障害のある児童・生徒の学習に効果がある.情報技術の進展は電子媒体の活用を進め,情報に接しやすく,活字だけに頼らずに学ぶことができるようになった.

 日本では高齢者が増加傾向にあり,大きな文字で印刷された出版物の利用が見込まれる.また日本にいる外国人住民は200万人を超えており,留学生などにとっては簡単な文章と絵の組み合わせから言語の習得を行えるLLブックは活用しやすい資料となる.

 グローバル化が進む多文化共生の社会では言語や文化,社会環境などを習得するための出版物が求められ,学習支援の可能性を持つマルチメディアDAISYは今後更に教材分野での期待が増すだろう.障害の有無に関係なく誰もが情報を活用できるように障壁を取り除くことで,出版技術の進展はより活字出版物のバリアフリーに繋がり,すべての人の読書の可能性を考えていくことが,新しい読書メディアを生み出していく.

 本発表へ対して「デジタルデータは複製を行いやすいため,出版社ではデジタルデータの提供などに消極的であるが活字出版物のバリアフリーの観点からどのように考えるか」という質問がなされた.確かにデジタルデータは複製物を作りやすく,出版物を容易にコピーできる点は懸念される.しかしデジタルデータを活用することで学習効果が期待されるLLブックやマルチメディアDAISYなどもあり,これからは出版社と図書館,学校が協力した形で活字出版物のバリアフリーに協力してくことが大切ではないかと答えた.活字出版物のバリアフリーの推進や協力とともに今後も研究を深めていきたい.