■ 出版編集研究部会 発表要旨 (2008年7月24日)
変わりゆく出版の現状と編集の仕事
中嶋 廣
2008年度第1回目の出版編集研究部会はトランスビューの社長・編集代表である中嶋廣さんに来ていただいた。トランスビューは長年法蔵館で勤めておられた中嶋さんが独立し,2001年に営業の工藤秀之さんと2人で創立した出版社であり,現在中嶋さんを含む3人で経営している。2001年の創業以降,哲学・宗教・歴史・社会・政治・法律・教育・文学・児童に至るまで68点の書籍を発行してきた。以下,中嶋さんのご報告をまとめておく。
中嶋さんは変わりゆく出版の現状において,出版が産業として成り立っていないのではないかと指摘する。その大きな要因になる返品率の問題は,編集者が編集の中で解決できない問題であるという。小規模の出版社は大手とは違って,支払いサイトのずれを埋める余地もなく,卸値の不利は改善できず,新規参入が困難なこの業界の閉鎖性を指摘しつつ,「返品率をどう下げるか」は出版産業の根本的な課題であると述べられた。
このような業界の弊害が懸念されている中で,トランスビューは流通の面から画期的な取り組みをしていることが知られている。取次を通した委託制によるパターン配本に依存するのではなく,「配本はしない,書店の必要注文部数による返品条件付きの委託,注文が入ってから翌日には対応する直販の形で納品スピードも迅速である」という方式を導入している。支払いは翌月か,3ヵ月後なので,出版社にとっては資金回転が早い。書店にとっては,30%~32%の大きな粗利が発生し,注文した数が正確に入る,納品が確実で早いというメリットがあるものだ。直販の場合,書店員の目利きや個々の出版社に対する支払いが負担になるというデメリットもあるが,書籍の返品率が40%を超えている現状の中で,同社の返品率は高い時で5%,低い時で4%だという。中嶋さんは小さな出版社として先行モデルから教えてもらいたい気持ちで臨んでいると述べるが,直販という取り組みを積極的に進めることで,出版流通の先行モデルになっているのだ。加えて,返品率の弊害要因になっている見はからい配本は辞めるべきと,提言する。
最後に,長年編集者として歩んでこられた中嶋さんの「いま編集者に求められるもの」という問いかけは,編集者も流通や製作全般の知識が土台として必要であること,ただ会社の都合や売れる数字ばかりを見るのではなく,編集者として本の価値尺度を満たすポリシーに徹するべきだと述べられた。部数至上主義や点数至上主義による企画の劣化,製作上の劣化,校閲の不在に対する懸念からでもある。変わりゆく出版界の中で,編集者の初心とは何かを考えさせられる。
トランスビューでは身をもって長年編集者として生きてこられた方々の経験を綴った回想録を刊行しているが,それらは編集とは何か,編集者として生きる道を考える若手の編集者たちにも示唆することの多い本である。鷲尾賢也『編集とはどのような仕事なのか』(2004年),大塚信一『理想の出版を求めて―編集者の回想 1963-2003』(2006年),松本昌次『わたしの戦後出版史』(2008.8)の3点はその代表的なものである。
(文:蔡星慧)