出版メディアは集合的記憶を伝える 清水一彦 (2013年11月28日)

■出版教育研究部会 発表要旨 (2013年11月28日)

出版メディアは集合的記憶を伝える

清水一彦
(江戸川大学マスコミュニケーション学科教授)

 今年度の出版教育研究部会では出版教育の課題認識と方法論を考えております。大学における出版関連科目はどのような趣旨(目的)を持って教えているのか,情報交流の視点から担当科目を紹介していただくことにしました。第2回目は江戸川大学の清水一彦さんにお話しを伺いました。清水さんは社会学とメディア情報学を中心に雑誌,書籍,編集,デジタルと広く捉え,出版メディアの集合的記憶を伝えておられます。
(参加者12名/会員11名,非会員2名,会場:日本大学本館5階155号講堂)

■発表趣旨
 清水は出版実務に長く携わってきた者の視点から,編集技術だけでなく,コミュニケーション・メディアとしての出版の本質も学生に伝えようとしています。
 江戸川大学マスコミュニケーション学科は1学年がおよそ100名です。そのなかで新聞・出版コースを選択する学生は15名程度,出版専門ゼミナールの学生は毎年5名~7名ほどです。出版関連授業としては文章表現の基礎,出版論I,II,演習・実習,専門ゼミナールなどの正課以外に,撮影・DTP講習,学生新聞,千葉日報ユニバーシティプレスなどの課外プログラムがあり,学生は自由に選択できます。複数の教員がボランティアで運営している就活対策としてのマスコミ自主講座もあります。
 実習教育設備としては,プロがつかう機材と同規格のカメラ機材が3セット,DTP用パソコン,専用プリンター,そして専用DTP教室。この教室は簡易スタジオとしても使用しています。機材は清水が管理しています。カメラ,DTP教室は,講習を終えた学生なら自由に使えます。撮影,DTPについては,現実の出版業界でカメラマンやデザイナーと的確なコミュニケーションをとるために編集者として知っておくべき範囲での実技実習にとどめています。具体的なめどとしては,専門ゼミの学生が自分自信でムックをつくれるレベルです。
 清水は,出版の本質は社会的記憶をつくるメディアであると位置づけたうえで,出版の全体像をABCD(Art, Business, Craft, Digital)の4つのキーワードに落としこみ,これに基づき講義と実技指導を行っています。また,イデアにかたちをあたえ公にすることをパブリケーション=出版と広義にとらえ,出版の領域を印刷物に限定はしていません。
 社会的記憶とは,おもにジャーナリズムが担い手で,新聞・雑誌,ポスター,絵画,大衆小説,教科書などに表現されている特定の集団が担い手というより社会全域にひろがっている「世論」「雰囲気」「精神」です。ある社会・経済的な枠をもつ集団がその社会的記憶構成の主体となることもあれば,出版者自体が主体となることも,またその時代の「空気」が出版メディアと読者に社会的記憶の構成を促すこともあります。今回の報告では,それぞれの例として,みゆき族,東日本大震災時の週刊誌表紙,もはや「戦後」ではないというフレーズを具体例として出版と社会的記憶構成の関連を報告しました。社会的記憶の構成のされ方はこのようにことなるものの,いずれのばあいにも出版物は読者へのコミュニケーションを担うわけですから,出版者は社会的記憶の構成に責任をもたざるをえないわけです。
 学科の特性にそって,企画立案,取材,撮影,デザイン,原稿書きなどの技術を教える実践教育を充実させるのはもちろんなのですが,たんに技術を教えるだけでは大学での出版教育としては不十分です。技術以前の「何をつたえるのか」「伝えるとはいかなることなのか」という出版の本質を捨象すると,技術論やビジネス論で終わってしまい,文化産業としての出版の全体像を理解できないと考えています。
 教育の成果物としては,専門ゼミでの年一回の64ページのムック制作,強豪千葉大学を押さえての千葉日報ユニバーシティプレス優秀賞獲得,月2回程度の学生新聞の発行などがあります。たとえば専門ゼミでは,昨年度は「鎌倉での日常生活」,今年度は「港街横浜の異文化」をテーマにムックを制作しました。
 教育実績としてもし就職をひとつの目安とするなら,今年は産経新聞の記者になった学生がいます。学科の教育プログラムの対象はマスコミです。とはいえ専門的な知識・技術の習得をとおして,社会人として生きていけるコミュニケーション力の獲得をすることにも力をいれています。一対一の状況だけでなく,多くの人を対象としたときにも双方向性を確保したうえでコミュニケーションができることです。したがって,就活ではマスコミだけでなく,コミュニケーション力が活かせる職業に就く学生もいます。
 以上のように,江戸川大学の出版教育では,文化産業としての出版の領域を広義にとらえ,出版の本質は社会的記憶をつたえることとしたうえで,学生が具体的な成果物とコミュニケーション力を得られる教育をめざしています。
(文責:清水一彦)