「占領と女性雑誌」  三鬼浩子 (2010年11月30日)

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■雑誌研究部会  発表要旨(2010年11月30日)

占領と女性雑誌

三鬼浩子

 

 占領下における言論状況についての研究は,近年飛躍的に深められている。しかし最大の発行部数を占める女性雑誌については個別的な研究が主で,占領下における全般的状態は必ずしも明らかにはなっていない。本報告は,占領下女性雑誌の置かれていた事情,発行状況を占領政策と合わせて考えた。
 占領下では雑誌用紙の不足にもかかわらず,本を手にしたいという読者の強い要望に応えて多種多様な女性関連の雑誌,機関誌が発行された。本報告では主な女性雑誌を二つのグループにわけて,それぞれが戦時下から占領下にかけてどのような発行理念をもって出版したのか,また占領軍の検閲・指導をどのように受け入れたのかを追った。
 1のグループは,戦時下・敗戦後にも途切れなく発行されてきた『主婦之友』,『婦人倶楽部』,『新女苑』に『婦人之友』,『婦人画報』(戦時下では『戦時女性』)の5誌を取りあげた。通説では戦時下の女性雑誌は企業整理等の結果,前記3誌に大日本婦人会機関誌の『日本婦人』を加えて4誌のみであるとされている(例えば『日本出版百年史年表』)。しかし『婦人之友』は生活雑誌部門,『戦時女性』は青年雑誌部門と部門を変えて生き残り,他にも多くの女性関連雑誌が残存していた。
 2のグループは,戦時下において戦争への非協力的態度を批判され,情報局より雑誌発行はおろか会社の解散を命じられた中央公論社(『婦人公論』を発行),改造社(大正期に『女性改造』を発行)が,占領下にはGHQにより会社再建を指示されて再出発,再刊した『婦人公論』と『女性改造』の2誌をとりあげた。
 前者は敗戦の受け止め方は複雑な胸中ではあるが,GHQが主張する言論の民主化や戦争協力批判を受け入れ早々に社員組合を結成し,戦時下の経営陣は撤退(大日本雄弁会講談社)し,米軍女性将校や民間女性の座談会などが誌面に現れてくる。そのなかで『主婦之友』は一時廃刊を考えるが,米軍将校に戦時下の行動について理解を示されて,廃刊を思いとどまる。戦時下の雑誌発行と戦争への荷担をもっとも重く受け止めたのが『新女苑』編集長であった。
 後者の『婦人公論』,『女性改造』は自由な言論による民主主義の実現を再刊の大きな目的にして出発した。しかし占領下においてもGHQによる検閲,雑誌指導の名のもとでの編集への介入に悩まされる。そのうえ社主の嶋中雄作,山本実彦は戦争協力による公職追放を受けていく。
 占領下においても戦時下における情報局と同様に,GHQは占領政策浸透のため発行部数の大きな女性雑誌を利用し,女性雑誌は生き残りをかけて要求を受け入れていく構図が繰り返される。
(三鬼浩子)