特別報告 出版史研究の手法を討議する:ライトノベルへのアプローチ(3)

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特別報告 出版史研究の手法を討議する:ライトノベルへのアプローチ(3)


山中智省(目白大学)


■ 出版物としての特徴

 前回の連載(第2回)では、筆者が参加するライトノベル研究会の取り組みを交えながら、ライトノベルを「複合的な文化現象」として捉え直す重要性について解説した。詳細はそちらをご参照頂ければと思うが、今回は前回の内容を踏まえた上で、同研究会の成果の一つである『ライトノベル研究序説』に収録された出版史研究に関わる先行論を手掛かりに、今後の研究課題について考えてみたい。なお、同書内でそれに該当する論考は、髙島健一郎「とある文庫の刊行目録(インデックス)――角川系レーベル群から見えるもの」(以下、髙島(2009)と表記)である。
 髙島(2009)は「角川系レーベル群」(角川スニーカー文庫・富士見ファンタジア文庫・電撃文庫・ファミ通文庫)を対象に、これらの刊行開始から2007年12月末時点までの刊行点数や作家数を調査し、その分析を通して2000年代中頃に到来した商業的ブームの実態を捉えつつ、各レーベルの販売戦略に迫っている。また本論は、ライトノベルを出版物としての側面から考察している点に加え、各レーベルの刊行点数や作家数の推移、ならびに書誌情報の調査・分析という、出版学の研究者にとっては馴染み深い手法を採用している点で、出版史研究からライトノベルにアプローチした先行論として示唆に富むものと言えよう。ちなみに、本論の内容に関連する研究発表「文庫本ブームとしてのライトノベルブーム―角川系レーベルの刊行点数を視座にして」2008年度秋季研究発表会にて行われているため、こちらの概要も合わせて紹介しておく。
 さて、髙島(2009)で興味深いのはタイトルが示す通り、「角川系レーベル群」の刊行点数や作家数の推移から見えてきた各レーベルの様相(レーベル同士の攻防や販売戦略の違い)であるのだが、調査・分析を進める過程で浮かび上がってきたという「ライトノベル出版全体の問題」、「ライトノベルの課題」にも注目すべきだろう。具体的には、絶版・重版未定となったライトノベルは入手しづらい状態に陥り、出版社の公式サイトや目録などからも削除(除外)されやすいため、書誌情報の確認すら困難なケースがあること。また、こうした事態が刊行開始から短期間のうちに起こり得るため、ライトノベルの存在基盤そのものにも大きな影響を与えていること、などである。そして、以上の指摘をもとに髙島(2009)はライトノベルに関して、出版の側面から見た新たな説明を試みているのである。

 「ライトノベルとは何か」という定義論について、出版の側面から見れば次のように言えるだろう。書物としての価値・生命力が極めて軽微(ライト)な出版物である、と。ライトノベル全体としての知名度・露出度は、いやが上にも高まっている。マクロで見れば勢力を増しているものの、ミクロ――個々の書物――で見れば次から次と現れては消えていく脆弱で短命な状態なのである。(注1)

 無論、上記の説明は2000年代中頃に到来した商業的ブームの渦中で行われていることや、過去の研究発表における質疑応答でも課題視されていたように、「書籍販売全体の中での考察が必要な点であり、ライトノベルに固有の特徴と言えるか断定は出来ない」ことから、内容の妥当性についてさらなる確認と議論を重ねていく必要はあるだろう。他方で、続いて紹介する資料を踏まえた場合、出版物として、あるいは消費物としての側面からライトノベルの特徴を捉えようとした髙島(2009)が、とある重要な役割を果たしていたことがうかがえるはずだ。


■ 当事者の指摘を裏付ける出版史研究

 髙島(2009)はライトノベルを「書物としての価値・生命力が極めて軽微(ライト)な出版物」であると定義し、「次から次と現れては消えていく脆弱で短命な状態」にあると見なしていたわけなのだが、これに関連して、より早い時期に作家の立場から興味深い指摘を行ったのがSF作家の大原まり子である。大原は朝日ソノラマ文庫や集英社コバルト文庫のほか、富士見書房の『ドラゴンマガジン』(1988年創刊)などで執筆経験を持つことから、ライトノベルとも縁の深い作家と言えるだろう。そんな大原は1994年7月、『読売新聞』に寄稿した読書エッセーのなかで、ライトノベルについて次のように述べていた。

 わたしは文章によって物事を描写し尽くすことこそが小説家の醍醐味だと思っているが、文字どおりケタちがいの売れ行きを知って、そもそもライトノベルの読者は、普通の小説の読者とちがうのではないかと感じはじめた。アニメ・ゲーム世代の読者は、ひょっとすると文章による描写がなくても勝手に絵が浮かんでいるのではないか。送り手にも受け手にも、アニメ(やゲーム)という基礎知識あるいは共有感覚があってはじめて成り立つ創作なのではないだろうか。だとすれば、これらの小説は小説というジャンルを越境したニュータイプである。そうして、読んでいる間は楽しくても、「それで、どういう意味があるの?」と問い返すような読者には無用のものだ――それはたとえば野田秀樹の芝居のように、その場かぎりの楽しみをもって消費されるべきものなのだ。(注2)

 さらに大原はライトノベルの「忘れてはならない特徴」として、以下の点を指摘している。

 もうひとつこのジャンルの忘れてはならない特徴は、売り上げが至上命令だという点である。主人公の年齢や語りの人称まで編集者から指定されることもある、生鮮食品のように売れなくなったらすぐ絶版にする、新人はどんどん起用するが何冊か出して売れなければ切り捨てる、など少年マンガ誌の方法を導入しているのだ。熾烈な競争の世界であり、このジャンルでは作家はものを創る人間として遇されていない。(注3)

 念のために補足しておけば、大原は上記の引用文に続き、「ここにあげた特徴は、ライトノベルに分類されるすべての作品にあてはまるわけではない」として、条件付きの指摘であった旨を明記している(注4)。とはいえ、一部のライトノベルに見られた「売り上げ至上命令」に対しては批判的な姿勢を示しており、作家として厳しい目を向けていたのは確かなようだ。その理由や背景も気になるところなのだが、ひとまずは大原のライトノベルをめぐる指摘のなかでも、「生鮮食品のように売れなくなったらすぐ絶版にする」、「新人はどんどん起用するが何冊か出して売れなければ切り捨てる」に注目したい。
 おそらく作家としての経験をもとに行われたであろう大原の指摘は、出版に関与する当事者の証言として見た場合、内部の事情や状況を知る上で貴重なのはもちろん、「ライトノベルは消費されるもの/淘汰されるもの」という特徴を示唆している点で非常に興味深い。ここで出版史研究に求められるのは、こうした当事者たちの証言を収集していくこともさることながら、それらを裏付けるための検証作業を進めていくことだろう。そして、あらためて髙島(2009)に話を戻すなら、本論は大原が自身の作家経験から述べたと思われるライトノベルの特徴を、出版史研究の立場から客観的に導き出したわけである。したがって、ライトノベルを短命な書籍と見なした髙島(2009)は一定の妥当性を有することに加え、経験的に語られたライトノベルの特徴を、(ライトノベル固有の特徴か否かについては別途検証が必要になるものの――)研究的なアプローチから確認した先行論として位置づけられるだろう。なおライトノベルに限って言えば、こうした当事者の指摘を裏付ける出版史研究の成果は未だ少なく、今後は本論に続く調査・分析の登場が待たれるところだ。


■ 出版史研究を進めていくための課題

 今回見てきたようなライトノベルの実態を把握しようとする場合、髙島(2009)が採っていたように、刊行点数、作家数、ならびに個々の出版物に関する書誌情報の調査・分析は、有効なアプローチの仕方の一つと言えよう。問題はどうやって出版物の記録(情報)を収集するかであるが、これにはいくつかの問題が存在している。とりわけ絶版・重版未定となったライトノベルについては髙島(2009)が指摘した通り、出版社の公式サイトや目録に頼るだけでは、書誌情報の確認すら困難なことが少なくない。余談ではあるが、筆者は新旧の目録の内容を比較すべく、過去の目録収集を長年にわたって試みてきた。しかし、各レーベルの目録は期間限定の配布物として制作されてきたこともあってか、古書店や古物屋、あるいはネットオークションなどでも目にする機会は少なく、入手自体が大変困難な状況なのである。
 ゆえに、国立国会図書館の蔵書検索(NDL-OPAC)や『出版年鑑』(出版ニュース社)など、他の情報源を適宜併用して調査に当たる必要が出てくるわけだが、現状では、こうした研究遂行上の注意点も整理しきれているとは言い難い。とはいえ、この点については既存研究の事例やノウハウを適用することで、ひとまずの解決は可能になると思われる。ライトノベルをめぐる当面の研究課題は手法そのものの検討に加え、やはりこうした情報・資料探索の仕方についても、様々なノウハウを整理・蓄積していくことが大切なのではないだろうか。
(つづく)



1)一柳廣孝・久米依子編『ライトノベル研究序説』、青弓社、2009年、86頁。
2)「本の森の散策(80)大原まり子 「東京異聞」「魔性の子」「地獄使い」」、『読売新聞』1994年7月25日付。なお、同記事の詳細はライトノベル研究会ブログにおける連載「ラノベ史探訪(15)――90年代のとある記事から」でも紹介している。
3)(注2)に同。
4)大原は続けて「ことに、女性作家による女性作家による異世界ファンタジーの隆盛は別物だという気がしている」と述べた上で、小野不由美や麻城ゆうなど、描写力に優れているという女性作家の異世界作品を評価している。