特別報告 出版史研究の手法を討議する:ライトノベルへのアプローチ(2)

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特別報告 出版史研究の手法を討議する:ライトノベルへのアプローチ(2)


山中智省(目白大学)


■ なぜ、研究するのか?

 2000年代中頃に到来した商業的ブームを契機として、俄かに注目を集めるようになったライトノベル。そしてライトノベルを対象とした学術研究は、こうした動向を追い風に始まったと言っても過言ではないだろう。したがってライトノベルを研究する理由を説明しようとする場合、「今、売れているから」「今、読まれているから」など、真っ先にその商業的動向が根拠として挙がりやすい。無論この説明自体は重要な観点に沿ったものではあるが、目に見えて分かりやすい理由なだけに、ともすれば商業的動向にのみ論者の関心が集まりがちである。詳細は後述するが、単純に流行やトレンドを追う安易な姿勢だけでは、ライトノベルの全体像や本質を捉えていくことは困難である。だからこそ、論者がライトノベルをどう定義し、どのような研究目的や研究意義を持ち、どのような研究方法を採るべきかについて考える際は、できるだけ多角的な視点/立場を踏まえたアプローチの仕方を模索していくことが望ましい(注1)。なお、これはライトノベルに限った話ではもちろんないのだが、新興の対象は先行研究の蓄積が少なく、研究的なアプローチの仕方も確立されていない以上、アカデミックな場で扱うことが必ずしも自明視されているわけではない。ゆえに論者は「なぜ、ライトノベルを研究するのか?」について、常に意識的であることが求められるのである。


■ 「複合的な文化現象」としてのライトノベル

 では、ライトノベルに対するアプローチの仕方として、具体的にどのようなものが考えられるのか。論者によって見解は様々であると思われるが、本連載では実践例の一つとして、筆者も参加するライトノベル研究会の取り組みについて紹介したい。
 ライトノベルをめぐる学術研究の推進を目指して設立された同研究会には、文学、社会学、民俗学、情報工学、建築学など、様々な専門分野を持つ人材が集まっており、年齢層も大学生から社会人までと幅広い。また、近年では中国や韓国からの留学生も参加し、国際色豊かな研究会へと変貌しつつある。ライトノベル研究会はこのような人材と環境を生かす形で、多角的な視点/立場からライトノベルへとアプローチし、その成果を一柳廣孝・久米依子編著『ライトノベル研究序説』(青弓社、2009年)、同編著『ライトノベル・スタディーズ』(青弓社、2013年)、大橋崇行・山中智省編著『ライトノベル・フロントライン』(青弓社、2015年~)などにまとめてきた。なお、これらの成果物は現在、ライトノベルに興味関心を持つ大学生や研究指導を行う大学教員のための基礎文献として広く認知されている。
 このうち、初の本格的な学術書となった『ライトノベル研究序説』では、冒頭の「はじめに」のなかでライトノベルは次のように捉えられている。

 ライトノベルは単なる言語表現の総体ではない。例えば「特定のレーベルから刊行された文庫として、パッケージングされた物語」という把握の仕方は、ライトノベルの一面を指摘してはいても、その本質ではない。現代におけるライトノベルは、何よりもまず、複合的な文化現象である。(注2)

 上記の内容について補足すると、本書のなかでライトノベルは、SFなどのジャンルフィクション、マンガ、アニメ、ゲームなどの視覚文化、オタク文化、同人誌文化と親和性を持ち、メディアミックス展開によって物語が拡大再生産されていく状況が常態化した、言わば「現代における物語の変容を示す重要な指標」であると見なされている(注3)。また本書は、ライトノベルを単なる小説の一ジャンルにとどまらず、「複合的な文化現象」として捉え直すことでライトノベルの包括的な理解を目指すと同時に、複眼的・重層的な思考によって評価することを試みているのである(注4)。
 おそらくライトノベルの読書経験を持つ者ならば、「ライトノベルとは何か?」を考える際、小説(活字)部分への注目のみでは不十分であると経験的に感じていることだろう。例えば、表紙、口絵、挿絵を飾るカラフルなイラスト、マンガやアニメのキャラクターを想起させる個性的な登場人物、メディアミックスによって他/多メディアを横断して拡大再生産されていく物語など、ライトノベルは小説(活字)以外の要素を複数持ち合わせている。そして、まさにこのような特徴こそ、ライトノベルが現代日本の若者文化、メディア文化、あるいは現代文学の一端を示すものとして重要視される所以であり、流行やトレンドの追跡だけでは全容把握がままならない理由である。ゆえに、前述の特徴を持った存在を「複合的な文化現象」として捉え直すことは研究上、ライトノベルに内包された多種多様な要素を同時並行的に扱うことを可能にするだけでなく、分野を跨ぐ学際的研究の道をもひらくことに繋がるのではないだろうか――。筆者は以上のような問題意識を踏まえ、出版史研究からライトノベルにアプローチしていく仕方を、引き続き探っていきたいと思う。
(つづく)



1)例えば文学研究での研究実践に言及したものとして、直近では一柳廣孝「ラノベで卒論!―文学研究篇」(大橋崇行・山中智省編著『ライトノベル・フロントライン2』、青弓社、2016年)がある。
2)一柳廣孝・久米依子編『ライトノベル研究序説』、青弓社、2009年、13頁。
3)注2に同、14頁。
4)注2に同、15頁。