特別報告 出版史研究の手法を討議する:ライトノベルへのアプローチ(1)

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特別報告 出版史研究の手法を討議する:ライトノベルへのアプローチ(1)


山中智省 (目白大学)


■ はじめに

 若年層向けのエンターテインメント小説として知られる「ライトノベル」。今や日本の文庫市場で2割程度のシェアを占め(注1)、欧米やアジアを筆頭に海外諸国での翻訳出版も進みつつあるこれらの小説群について(注2)、その動向を注視している研究者は少なくないだろう。こうしたなか本連載は、筆者が取り組んできた研究をベースに、出版史研究の立場からライトノベルを調査・分析する手法を今一度考えていきたいと思う。新興の研究対象であるライトノベルに我々はどう向き合い、どのようにアプローチすればよいのか――。本連載は具体的な事例を交えながら、このような疑問に対する解決の糸口を模索していく試みである。なお、ライトノベルの定義については諸説あるが、本連載では便宜上「マンガやアニメをはじめとする多種多様なジャンル/メディア/文化の要素をあわせ持った、若年層向けのエンターテインメント小説」と見なすこととしたい。


■ ブームの状況下で語られたライトノベル

 ライトノベルはこれまでプロ・アマを問わず、多くの論者たちによって語られてきた。その端緒となったのは2000年代中頃、文庫市場におけるライトノベルの隆盛を背景とした商業的ブームの到来であり、『ライトノベル完全読本』(日経BP社、2004年)、『このライトノベルがすごい!2005』(宝島社、2004年)といった関連書籍の刊行に象徴的な〝ライトノベル批評ブーム〟とも言える状況の現出であった。
 当時は、大塚英志『キャラクター小説の作り方』(講談社、2003年)、東浩紀『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』(講談社、2001年)や同著『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』)(講談社、2007年)をはじめ、大森望・三村美衣『ライトノベル☆めった斬り!』(太田出版、2004年)、新城カズマ『ライトノベル「超」入門』(ソフトバンク新書、2006年)、榎本秋『ライトノベル文学論』(NTT出版、2008年)などが相次いで刊行され、ライトノベルは批評の対象として俄かに注目を集めた。なかでも「自然主義的リアリズム」「まんが・アニメ的リアリズム」や「データベース消費」「ゲーム的リアリズム」などを提唱した大塚と東の著作は反響が大きく、ライトノベルを語る際の必須文献と見なされていく。また、インターネット上では読者・作家による情報発信が活発化し(注3)、新刊案内や書評にとどまらず、ライトノベルの定義や歴史、文章表現の特徴や文学的意義をめぐる各種議論が展開された。さらには同時期の新聞・雑誌等においてライトノベルを取り上げる記事が急増し、ライトノベルは時代のトレンドとしても広く認知されるようになったのである(注4)。


■ 学術研究のはじまり

 こうした動向は社会学や文学をはじめとする学術研究にも波及し、ライトノベルは現代日本の若者文化、メディア文化、あるいは現代文学の一端を示すものとして捉えられるようになる。なお、ブーム到来期には早くも、金田淳子「教育の客体から参加の主体へ― 一九八〇年代の少女向け小説ジャンルにおける少女読者―」(『女性学』Vol.9、2002年)、玉川博章「ヤングアダルト文庫における新人発掘・育成プロセスについて-コバルト・ノベル大賞と電撃ゲーム小説大賞を中心に―」(『比較社会文化研究』第15号、2004年)と同著「現代における青少年向け書籍の発展―ヤングアダルト文庫出版史」)(『出版研究』第35号、2004年)のほか、「特集 ライトノベル研究 若年層を活字に誘導するライトノベル 新しい作品と新人作家の育成がカギに」(『出版月報』2005年5月号)、「特集 小説とビジュアル 進化するエンターテインメント小説のゆくえ」(『日販通信』)2007年4月号)など、出版史研究に関連する指摘が複数見受けられた。もちろんブーム到来以前から、「ヤングアダルト」「ジュブナイル」「ジュニア小説」「ティーンズ小説」等の呼称の違いはあれど、若年層向けのエンターテインメント小説に言及した先行文献が存在している(注5)。ゆえにライトノベルをめぐる一連の指摘もまた、これらの延長上に位置付けて理解する必要もあるだろう。
 さて、ライトノベルを対象とした学術研究は2000年代中頃のブーム以降、徐々に本格化していった。具体的には前述の状況を受けた注目の高まりを背景に、学術研究に必要な知識や論点の整理、ライトノベルへアプローチする手法の模索が少しずつ進み、2000年代後半からまとまった成果が現れ始めてくる。
 例えば筆者が身を置いた文学研究の周辺では、鈴木章子「ライトノベルに関する一考察―文学としてのライトノベル」(『白百合児童文化』第17号、2008年)、籏野貴子「ライトノベルのメディアとしての可能性―ライトノベルに描かれた「少女」に見る、現代の物語のかたち」(『児童文化』第40号、2009年)などのほか、研究動向と今後の展望を示した大島丈志「ライトノベル研究会の現在―メディアミックスの中から見えてくるもの」(『日本近代文学』第78集、2008年)や久米依子「ライトノベルと近代文学は異なるか―文学研究の新しい課題―」(『昭和文学研究』第58集、2009年)がある。そして初の本格的な学術書となる一柳廣孝・久米依子編著『ライトノベル研究序説』(青弓社、2009年)と、続編である同編著『ライトノベル・スタディーズ』(青弓社、2013年)の刊行により、研究の土台が整備されることとなったのである。ちなみに2009年12月には、二松學舍大学人文学会第100回記念大会で「ライトノベルの誕生と現在」と題するシンポジウムが行われており(注6)、当時のアカデミックな場における注目の高まりがあらためてうかがえよう。
(つづく)

 



1 「特集 文庫マーケットレポート2015」、『出版月報』2016年3月号。
2 「特集 出版コンテンツを世界の読者へ~海外版権ビジネスレポート」、『出版月報』2015年11月号。
3 『このライトノベルがすごい!2005』では「このイベント&サイトがすごい!」と題したコーナーが設けられ、書評サイトをはじめとする多数のサイトが紹介された。
4 ブーム当時の新聞・雑誌等におけるライトノベル関連記事の詳細は、拙著『ライトノベルよ、どこへいく 一九八〇年代からゼロ年代まで』(青弓社、2010年)を参照。
5 例えば『出版月報』『出版指標・年報』(ともに全国出版協会出版科学研究所)の場合、若年層向けエンターテインメント小説の市場動向、トレンド、統計データなどが各年毎に整理されており、2000年代中頃にライトノベル・ブームが到来した経緯を知る上で示唆に富む。
6 2009年12月12日に二松學舍大学(九段校舎中州記念講堂)で開催されたシンポジウム「21世紀の文学部と人文学を考える サブカルチャーの領域/文学の領域」内で行われた。登壇者は西谷史、榎本秋、江藤茂博の3名。なお、当日の記録は『二松學舍大学人文論叢』第84輯(2010年)に収録されている。