特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版研究における「読者像」の揺らぎについて(4)

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特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版研究における「読者像」の揺らぎについて(4)


中川裕美 (愛知教育大学 非常勤講師)


BL研究における「読者像」

 ここまで、BL雑誌の編集者とBL作品の作家へのインタビューの要約を述べた。今回は、BLに関する先行研究において論じられてきた「読者」論について、この調査結果を踏まえて批判的に考察する。
 
 何故、BLは登場したのか。
 何故、読者である女性はBLを愛好するのか。
 BLにはどのような意味を見いだすことが出来るのか。

 これらの問いはこれまで多くの研究者や評論家によって検討されてきた。そこでは、同性愛作品を「ジェンダー抑圧からの解放」として位置づける捉え方が主流(注1)となっている。

 例えば、荷宮和子は「美少年ホモ漫画の登場で、ようやく女たちは他人事として高見の見物できる立場を手に入れることができたのである」「被害者にしかなれない存在からの解放」(注2)であったと指摘している。
 
 また藤本由香里は「少年愛の形をとることで少女たちは(中略)自分の側だけに痛みをひきうける必要」がなくなっただけでなく、「女は、一方的に犯られる側からの立場から解放され、犯る側の視線、見る側の視線をも獲得した」(注3)と述べている。

 藤本と同様の指摘を、より生々しく表現したのは野火ノビタ(注4)である。野火は「『受』とは少女たちの手によって去勢され、犯す主体から犯される客体へと変容させられた男たちであり、『攻』とは男から奪い取ったペニスを自ら装着し、犯される客体から犯す主体へなりかわった少女たちだ」(注5)と指摘した。
 
 最新のBL研究においても、こうした解釈は踏襲されている。2015年に発行された『BL進化論』では、「女性が、家父長制社会のなかで課せられた女性役割から解き放たれ、男性キャラクターに仮託することで自由自在にラブやセックスを楽しむことができるのがBLである」(注6)と述べられている。

 これらの研究は、読者がBLをどう「読み」、BLによって何を「得た」のか、という問題に迫るものである。だが、BLが生まれて既に40年以上が経過し、社会・文化的背景や出版状況、さらには女性の社会的位置づけも大きく変化している。編集者A氏が指摘したように、「BL初期」における読者の「読み」と、現在の読者の「読み」を同じ枠組みで論じて良いのだろうか(注7)。


インタビュー調査から見えてくる「BL読者」の「読み」

 編集者のA氏は、読者は「あくまでも傍観者」という立場であると表現し、作中の誰にも共感していないのではないかと指摘した。作家のB氏も「BLは他人事」であるが故に楽しめるものであり、キャラクター二人を「ただ見ていたい」だけであると答えている。

 飯野智子が行ったBL編集者へのインタビューにおいても、同様の回答が見られる。飯野の調査に登場する男性編集者によれば、読者は「人生経験や恋愛経験から作られる現実的な恋愛観などとは無関係に、夢の世界を楽しむという要求」があること、そして男女の恋愛ではなく同性同士の恋愛が描かれているからこそ「仮構性が強調され、より想像力を遊ばせることができる」(注8)という。
 
 これらの回答からBL読者の「読み」を考察すると、そこには、BLによって性的主体を獲得したという意識や、BLというフィクションの読物を通じて男性を性的に屈服させたいという願望は読み取れず、読者はBLを自身とは離れたところに位置づけており、フィクションの読物を楽しんでいるに過ぎないのだと考えられる。

 藤本由香里の「現在のやおいの担い手である女の子たちの間でよく聞かれる『えっ? 私たち“ジェンダー的抑圧”なんて感じてないよ。ただ面白いからやってるだけ』という言説」(注9)は、作家B氏が述べた、「(読者である女性は)他に楽しいこともたくさんあるし、昔ほど男に価値も興味も感じていないのではないか」という指摘に繋がるものである。

 研究者によって過剰な意味付けがなされたBL読者の「読み」は、まさに和田敦彦が指摘する「抽象的な都合のよい不在の読者」論に他ならない。では我々出版研究者は、この問題とどのように向き合うことが出来るのだろうか。

(つづく)



(1)当然、異なる視点からこの問題を考察する研究者もいる。例えば前川直哉はBLが誕生した背景について、「恋愛を描く少女漫画の伝統と、男の絆を称揚する少年漫画の伝統が結び合わさる中で出来てきたのが「ボーイズ・ラブ」作品である」と指摘している。(前川直哉インタビュー,「日本社会と「男の絆」『京都大学新聞 2013.05.01』」
(2)荷宮和子,1994,『少女マンガの愛のゆくえ』,79p,株式会社光栄
(3)藤本由香里,1998,『私の居場所はどこにあるの?―少女マンガが映す心のかたち―』,144p,学陽書房
(4)野火ノビタは同人誌活動におけるペンネーム。商業雑誌では榎本ナリコとして活動。代表作は『センチメントの季節』(小学館)、『世界制服』(小学館)など。
(5)野火ノビタ,1993,「やおい少女解剖学」,『総評 野火ノビタ批評全仕事』, 165p,月光盗賊 榎本奈利子
(6)溝口彰子,2015,『BL進化論―ボーイズラブが社会を動かす―』,10p,太田出版
(7)岩井阿礼が1991年5月から1992年10月にかけて行った調査においては、女性の同人誌作家は一般の女性よりも、性役割に対する葛藤が深く、女性性に対する拒否を生じさせているという結果が明らかとされている。(岩井阿礼,1995,「性表現の主体としての女性―女性向け男性同性愛ファンタジーに見られる性役割葛藤と性役割多元化の試み―」,『Sociology today 6号』,1p-12p, お茶の水社会学研究会)
 また、注4で引用した野火ノビタの論稿も興味深い。野火は商業雑誌(榎本ナリコ名義)・同人誌で作家としても活躍している。野火は「私は少年を犯したいと願っている。私は欲情するとき幻想のペニスをもってする。幻想のペニスを少年の内部に突き入れたいと思っている。」と自己分析している。野火の分析は90年代におけるBL作家が、「BLの創作活動を通して何を得ようとしていたのか」という問題に迫るものである(注4前掲書、161p)。
(8)飯野智子,2010,「セクシュアリティ表現とジェンダー」,『実践女子短期大学紀要 31』, 61p-62p,実践女子大学
(9)藤本由香里,2007,「少年愛/やおい・BL―2007年現在の視点から―」, 『ユリイカ12月号 特集「BL(ボーイズラブ)スタディーズ』,41p,青土社