特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版研究における「読者像」の揺らぎについて(2)

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特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版研究における「読者像」の揺らぎについて(2)


中川裕美 (愛知教育大学 非常勤講師)


「雑誌」の特性を考える

 諸橋泰樹は、メディアとしての雑誌の特性を11項目に分けて指摘している。その諸橋の指摘の中で、雑誌の特性を考える上で重要な要素となるのは、「セグメント化・専門情報性」と「ターゲットの明確さ」であろう。雑誌は「原則的に読みたい人が自分で(中略)買わねばならない」ものであり、「雑誌の読者ターゲットは、情報ニーズのみならず性別や年齢や意識、ライフスタイルから収入にいたるまで明確」なのである(注1)。

 雑誌メディアの中には、「セグメント化」と「ターゲットの明確さ」において極めて明確な雑誌群がある。その一つにボーイズラブ雑誌(以下BL雑誌)がある。BLの定義は曖昧であるが、主たる読者対象が女性であること、男性同士の恋愛や性愛について取り扱っていること、という二点が特徴である。

 BLについては作品を紹介・論評する書籍だけでなく、『ユリイカ』(注2)や『美術手帖』(注3)など、今や漫画雑誌以外においても特集記事が組まれるほどである。この点から、「現代日本の女性向けポピュラーカルチャーの中ではおそらく最も盛んに論じられている」(注4)分野の一つであると言えるだろう。しかしながら、BLをメディア論・社会論的に研究した文献はまだ多くない。そのため、やや突出した印象を与えるかもしれないが、表題の「読者像」を考える上で興味深いジャンルと考え、本連載ではこのBL雑誌について取り上げる。


編集者インタビュー

 2015年9月、筆者はBL雑誌の編集者にインタビューを試み、読者像についての認識を訊ねた。雑誌名と編集者の個人名については匿名を希望されたため、ここではX社とA氏(女性)とする。

 X社では中心的な編集作業を行っているのは女性のみとのことだった。これは他のBL雑誌と同様の体勢であるという(注5)。少女雑誌の編集長が男性であることは少なくないため、それと比較すると、BLの編集部は珍しい編集体勢であるとのことだった。その理由として、作家が男性編集者に原稿を読まれるのを嫌がる傾向にあること、BLというジャンルが一般化されておらず、BLの編集者を希望する男性が少ないことがある。


BL雑誌編集者が見る「読者」像

 X社では読者アンケートを実施し、読者からの意見や感想を集計している。アンケートの回答率は、販売部数の2%程度であるという。

 それによれば、X社の読者層は、「ごく稀に“腐男子”と呼ばれる男性読者もいるが、そのほとんどがアラサーの女性である」という。しかし、読者年齢についてはアンケートに回答する読者層が「たまたま」アラサーが多いという可能性もあり、アンケートの結果からだけでは断定は出来ないとのことであった。その一方でA氏は、「書店でのBL購買層のデータを見ても、20代後半から30代後半が多いという結果となっている。そのことから考えても、BLの読者層はアラサーが多いというのは事実であるようだ」とも述べた。

 読者の多くは「アンハッピーな結末や、波瀾万丈な展開は好まない」傾向にあるという。また、「女性は男性に比べ、一度好きになったものはずっと好き、という傾向が強いため、連載期間の長い作品でも新刊が出れば購入するという人が多い」。作品が長く続くと物語展開が「すでに同じことの繰り返しになっている場合も多いが、作品を通して主人公の春夏秋冬を眺めることが、劇的な展開を好まない読者にとって心地よいこと」であるという。

 男性同士の恋愛という特殊な作品を読者はどのように読んでいるか、という質問に対するA氏の意見は、次のようなものであった。読者は「可愛い男の子二人が戯れているのをただ眺めていたいだけ」であり、どちらかの男性に共感をするという意識はない。「共感をしたいなら、男女の恋愛を描いている少女漫画を読めばいい。読者は作品で描かれる男性二人の傍観者という位置づけなのではないか」。

 最後に、BLが女性にとって従属する性からの解放に繋がるといった考え方について訊ねたところ、「BL初期の90年代ではそういう意味合いもあったかもしれないが、その頃よりも社会における女性の立場は強くなっているため、今のBLには当てはまらないのではないか」とのことであった。
(つづく)



1 諸橋泰樹、1993、『雑誌文化の中の女性学』、16p-17p、明石書店
2 『ユリイカ12月臨時増刊号 総特集「BL(ボーイズラブ)スタディーズ」』2007、青土社、『ユリイカ12月号 特集「BL(ボーイズラブ)オン・ザ・ラン!」』、2012、青土社
3 『美術手帖 2014年 12月号 特集「ボーイズラブ“関係性”の表現をほどく」』、2014、美術出版社
4 東園子、2015、『宝塚・やおい、愛の読み替え―女性とポピュラーカルチャーの社会学―』、17p、新曜社
5 溝口彰子の『BL進化論』では、2015年2月に行ったBL雑誌を出版している主要23社への聞き取り調査について言及されている。それによれば、BL雑誌の編集部における男女の内訳は、編集スタッフのうち90%以上が女性スタッフである、という結果が明らかとなっている。(溝口彰子、2015、『BL進化論―ボーイズラブが社会を動かす』、356p、太田出版)