特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版研究における「読者像」の揺らぎについて(1)

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特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版研究における「読者像」の揺らぎについて(1)


中川裕美 (愛知教育大学 非常勤講師)


はじめに

 若者が書籍を買うという習慣がないという指摘は、様々なところで幾度となく指摘され、懸念されてきた。例えば『出版月報 2012年2月号』には、若い世代にコミック雑誌を読む習慣を」(注1)という見出しが登場し、『出版月報 2013年11月号』には、「シニアが本を読み、若者が本を読まなくなった」「懸念されるのは10~20代の若年層の読書率がこの40年で漸滅状態にある」(注2)という記事が掲載されている。

 清水一彦による「若者の読書離れ」に関する研究で指摘されているように、「若者の読書離れ」という言葉の使い方は慎重になるべきであるが(注3)、生まれてからインターネットが生活の一部になっていた世代と、それ以外の世代では明らかに「読む」という行為に差異があり、そのことと雑誌の売り上げが激減している昨今の出版状況は関係があると考えても問題はないだろう。

 2015年5月10日付けのデイリースポーツオンラインに「杉原杏璃が明かすグラドル“高齢化”の理由とは…(http://www.daily.co.jp/opinion-d/2015/05/10/0008010419.shtml)」と題された記事が掲載された。記事では、「グラドルの高齢化」の理由は現在の雑誌の出版状況にあると指摘している。当該箇所を以下に示す。

“杉原をグラビアで起用した経験のある出版関係者は、直接的な理由として「雑誌購買層の高年齢化」を挙げる。「今の20代以下は、物心ついたときからネットで情報を無料で手に入れるのが当たり前として育ってきた。雑誌を買うという習慣、文化がない」。グラビアが掲載される雑誌を買う年齢層は30代後半以上という。必然的にストライクゾーンのタレントの年齢層も上がるというわけだ。”


雑誌研究者にとっての「読者」とは誰なのか

 現在の雑誌の「読者」とはいかなる層で、どのような「読み」をしているのか。「読者」及び「読書」については多くの研究がなされており、雑誌研究者にとってもその雑誌の受け手である読者に迫ることは、研究において重要な過程の一つである。しかし「読者はその雑誌をどのように読んでいるのか」という問いは、雑誌研究者にとっては非常に難しい問題であると言わざるを得ない。

 筆者はこれまで二回(関西部会、日本出版学会2015年度春季大会ワークショップ)に渡り、「読者」研究について自身の見解を述べてきた。そこでの発表と議論を踏まえながら、自身の少女雑誌研究を批判的に振り返ってみたい。

 筆者は『少女倶楽部』(大日本雄弁会講談社)と『少女の友』(実業之日本社)を研究対象にしてきた。この二誌は雑誌の役割や読者層が異なっており、単純に「少女読者」として取り扱うことには問題があったにも関わらず、筆者は「少女雑誌の読者」として一括りにして取り扱ってきた。つまり無自覚に「少女雑誌の読者」という「抽象的な都合のよい不在の読者」(注4)を想定して研究を進めてきたのである。

 また、戦前と戦後という時代区分で考えれば、雑誌が唯一無二のメディアであった戦前と、テレビやインターネットなどの他メディアが登場した戦後では、雑誌の読み方にも変化があったと考えられる。こういった点についても、より緻密な分析・考察が必要だったと考える。


本連載の目的と意義

 筆者が担当した関西部会(2014年10月29日http://www.shuppan.jp/bukai12/662-320141029.html)においても、筆者はこの問いについて問題提起を行った。「読者はその雑誌をどのように読んでいたのか?」。この問いへのアプローチとしては種々あるが、その中でも比較的取り組み易いのが読者投稿欄の分析である。しかし、読者投稿欄には編集者の意向が働いている可能性が高く、「読者の生の声」として記事を取り扱うことについては注意を払わなければならない。そこで必要となるのは、読者投稿欄以外のアプローチである。手記、日記、回顧録、手紙、小説といった二次的資料から当時の読者の声を集める作業や、当時の読者や編集者に対しインタビュー調査を行うといった手法は、その雑誌が「誰に」「どのように」読まれていたのか、という問いに迫ることが出来るだろう(注5)。

 以上のような部会での議論を踏まえ、本連載ではインタビュー調査という手法で雑誌の「読者」に迫りたいと考える。インタビュー調査で明らかとなった結果は一つのケースに過ぎず、読者・読書論一般に拡大することは出来ない。しかしながら、部会やワークショップにおいて議論されてきた、「出版史研究における新たな視点や手法を探る試み」の中に本連載を位置づけた時、個々の事例を積み上げることもまた、意義のある試みであると考える。

 今の雑誌はどのように受容されているのか、編集者及び作家が考える「読者」とはどんなものであるのか。次回から、筆者が試みた雑誌の編集者と作家へのインタビュー調査を通して考えていきたい。
(つづく)

 



1 『出版月報 2月号』、2012、「特集 コミック市場最前線」、4p-13p、全国出版協会・出版科学研究所
2 『出版月報 11月号』、2013、「特集 検証 出版界の現在と今後」、4p-13p、全国出版協会・出版科学研究所
3 清水一彦、2014、「『若者の読書離れ』という“常識”の構成と受容」、『出版研究 45』、117p-138p、日本出版学会
4 和田敦彦、2002、『メディアの中の読者―読書論の現在―』、30p、ひつじ書房
5 中川裕美、2015、「雑誌研究の方法と課題」、『現代社会研究科研究報告 11号』、p53-p61、愛知淑徳大学現代社会研究科