渡辺霞亭と菊池幽芳――大正期大阪の大衆文化 相良真理子 (2017年6月25日)

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■日本出版学会 2017年度第1回(通算第99回)関西部会 開催要旨(2017年6月25日開催)


渡辺霞亭と菊池幽芳――大正期大阪の大衆文化


相良真理子(大阪市史料調査会調査員)


 相良氏は明治後期から大正期に活躍した『大阪朝日新聞』の作家渡辺霞亭と『大阪毎日新聞』の作家菊池幽芳について、演劇を主としたメディアミックスおよび大阪の大衆文化の観点から報告を行った。参加者は9名(会員7人、非会員2人)。終了後、会場(中西印刷)内の印刷博物館で、同社が手がけた西夏文字の活字や紙型など活版時代の貴重な史料を見学した。

1.相良氏の報告
 渡辺と菊池は、明治30年代から大正期にかけて本格的な活躍期を迎え、新聞社間の熾烈な競争を背景にしながら、渡辺は『大阪朝日』、菊池は『大阪毎日』の看板作家として競い合って小説を連載した。
 たとえば、1913年(大正2)に『大阪毎日』に連載された菊池の小説「百合子」が反響を呼ぶと、『大阪朝日』は渡辺の小説「渦巻」を連載した。連載終了が近づくと、道頓堀の劇場で両作品の上演が始まり、両紙は、自紙を宣伝する形で劇評や配役などを掲載した。「百合子」と「渦巻」の上演には観客が詰めかけ、連日大入満員が続き劇場は混雑を極めた。上演前後の新聞記事から、ストーリーの面白さと挿絵の魅力、新派役者の演技が三位一体となって明治後期から大正期の人々の心をつかんだ様子が見て取れる。彼らの作品の人気は、劇場の外にも波及した。周辺の商店や飲食店では、小説の登場人物をイメージした櫛やかんざし、着物、帯などの女性向けの商品や、作品の名を冠した寿司や弁当などを発売し、社会現象を巻き起こした。
 人気・実力ともに拮抗していた渡辺霞亭と菊池幽芳は、ともに『大阪朝日』と『大阪毎日』の看板作家であると同時に、社会部の責任者でもあった。彼らは、ジャーナリストとして社会の動きに目を向け、大衆の嗜好に添う小説を連載することによって、新聞界と文学界、演劇界のみならず、大正期の大衆文化形成に大きな役割を果たしたのではないだろうか。
(相良真理子)

2.質疑応答
 連載小説と演劇・映画のメディアミックスにおける時代的な変化を考えるため、中村健会員が比較事例として1927(昭和2)年に東西『朝日新聞』に連載した土師清二「砂絵呪縛」の連携状況を報告した。両者の報告をもとに会場間で質疑応答が行われた。ここでは、大正と昭和の質的な変化について取り上げたい。渡辺霞亭・菊池幽芳の時代は道頓堀五座での演劇化が主であり、両紙でも大阪の上演記録が記事化されるなど、大阪という地域性がクローズアップできるが、土師清二の時代になると、東西で同じ連載が掲載され、映画も全国で封切られるため、連載とメディアの連携のスピードが速く、かつ大阪の地域性が見えにくくなる。この点に時代的な変化を見ることができると考える。

日時: 2017年6月25日(日)14時00分~16時00分
会場: 中西印刷 大会議室
参加者:会員7人、非会員2人

(文責:中村 健)