『満洲出版史』とその周辺 岡村敬二 (2013年7月24日)

■関西部会 発表要旨(2013年7月24日)


『満洲出版史』とその周辺


岡村敬二


 題目の拙著『満洲出版史』(平成24年12月,吉川弘文館)は,満洲および満洲国時代のさまざまな領域の研究の基礎となるべき出版事象のうち,出版法令や法制,各種出版関連機関や出版社などについて,時代を追って論述していったものである。今回の発表では,その前半部分において,本書『満洲出版史』の概要を報告した。つまり本書刊行に到るまでのプロセスや自分の抱えているモチーフ,満洲・満洲国時代の刊行物の種類や時代区分などを説明した。そして発表の後半では,満洲・満洲国時代に刊行された出版物の中から,特色ある出版事例をいくつか取り出して,それぞれについて具体的に報告していった。

II
 『満洲出版史』は,日露戦争後1906年設立の南満洲鉄道株式会社の時期から,1932年の満洲国建国,1945年終戦による満洲国瓦解にいたるまでの出版をめぐる通史である。もう少しいえば,戦後に中国に接収されて中国の図書館などに遺された蔵書群を含めた出版史の研究である。報告者がこのような研究を開始したのは約30年前のことで,1983年に満鉄奉天図書館館長衛藤利夫の事績を書いたのが初発であった。それ以降,満洲の図書館や図書館員,出版法制や出版関連機関,満洲国の文化振興政策や文化機関などについて,本や論文,図録や目録にまとめて発表をして来た。このようにまず自分自身の研究史を紹介した理由は,そのことが本書のモチーフを一層よく説明することができると考えたからである。次に,本書の目次を示しながら,満洲・満洲国時代の出版物の種類や系列について,(1)満鉄刊行物,(2)対満文化事業の満日文化協会の刊行物,(3)満洲国各部局の政府刊行物,(4)国策会社および文化機関の刊行物,(5)各種研究機関や図書館などの刊行物,(6)民間企業や団体さらに民間出版社の刊行物,と区分してそれぞれの特色を述べていった。

III
 報告の後半部分では,これら満洲・満洲国時代の出版物の系列から,次の事例について用意した資料を参照しながら報告した。(1)満鉄刊行物…リットン調査団に贈られた満鉄奉天図書館刊行の『国際連盟調査委員迎接展覧図書』を例として,国策企業満鉄の刊行物の,不要不急の出版物にみえながらも十分に時局に同伴した刊行物であったこと。(2)満日文化協会の刊行物…『大清歴朝実録』の例にみられるように,それが,羅振玉ら清朝遺臣・内藤虎次郎ら日本の東洋学者・宇佐美勝夫ら満洲国官僚・岡部長景ら外務省文化事業部など,日満両国におけるその各部署や文化人たちによるいわば満洲国文化のアイデンティティ争奪戦としての刊行物の特質をよく表明していること。(3)満洲国各部局の政府刊行物…各部局は精力的に刊行物を生産し,それを国務院文庫に蓄積し『官公署刊行図書目録』として編纂してこれら刊行物を国家建設の資料として有機的に利用したこと。(4)国策会社…『満洲行政』などにみられるように国策会社の企業社内報でありながらも文化・文芸欄を充実させ,日本から文芸家を招聘して嘱託とし満洲国芸文振興の一角を担わせたこと。(5)各種研究機関や図書館の刊行物…建国大学や大同学院,満洲国立中央図書館籌備処などの刊行物(時間の都合で報告せず)。(6)民間企業や民間出版社刊行物…民間刊行物の事例として,満洲事変前の1928年から終戦の年の1945年までの長きにわたって刊行された月刊満洲社の『月刊撫順』『月刊満洲』やその刊行物を例にとり,満洲の民間出版社の特質の一端を説明した。

IV
 まとめとして,論述にあたっては依拠すべき資料が不安定であること,中国国内に遺された資料の閲覧が困難であったこと,そんな条件のなかで,満洲の出版についてともあれ通史として提出できたことの意義を説明し,今後の課題として,本書で論述した「出版史」(通史)の内容と,個々具体の出版事象とが有機的な連関のなかで論述できたか,つまりこの『満洲出版史』で論述された内容と,個々の出版社や芸文家の文化的営為とが十分に拮抗しているか,という問題を提出した。そしてこうした溝を埋め,「出版史」と個々の出版社(編輯者)の文化的営為とを拮抗させていくためには,今回の「出版通史」を前提としながら,個々の具体的出版事象から再度攻め上がっていくことが必要であろうと述べて,この報告を締めくくった。
(文責:岡村敬二)