板木研究の現在 金子貴昭 (2013年6月27日)

■関西部会 発表要旨(2013年6月27日)

板木研究の現在――到達点と課題

金子貴昭
(立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員)

 板木は,近世出版において,板本を印刷するための道具であり,板株(版権)の所在を明示する存在であった。つまり板木は近世出版の根本を支える装置であった。従来,文芸研究・出版研究などにおいて,研究資料としてさかんに用いられてきた板本に比べ,板木が顧みられることはほとんどなかったが,この十数年の間,永井一彰氏(奈良大学文学部教授)や報告者の研究により,板木がようやく脚光を浴びつつある。しかし,板木研究の歴史は浅いだけに,板木を基礎資料として捉える向きは,まだ弱いといわざるを得ない。本報告では,今後の板木研究の発展のために,これまでの到達点は何か,これからの課題は何かについて,確認を行った。
 報告の前半ではまず,先行研究において板木の重要性が確認されながらも,板木がこれまで研究活用されてこなかった実態を指摘した上で,板木を研究活用するために報告者が構築した板木デジタルアーカイブ基盤について報告を行った。
 次に,拙著『近世出版の板木研究』(法藏館,2013年2月刊)の内容を中心に,(1)板木のどの部分に着目して観察すれば良いか(板木の変形を防ぐ「端食」の形式,外寸・厚さ等),(2)板木の修訂技術として知られる「入木」の誤解と実態,(3)1冊の板本の中に複数の紙質が混じることと板木との相関関係,(4)板本の匡郭寸法と板木との相関関係,(5)折本や巻物はどうやって摺刷するのか,(6)半分(半丁)に切断された板木はどのように使うのか,(7)報告時,奈良大学博物館において開催中であった「板木さまざま――芭蕉・蕪村・秋成・一茶も勢ぞろい」展の報告,(8)報告者が企画・開催した過年度の展覧会の紹介など,これまでの板木研究の到達点について報告した。また,板木を研究することにより,板木による書誌学を構築し,そこで得られた情報を板本書誌学に還元する「板木書誌学」を提唱した。
 後半では,黄檗山宝蔵院(鉄眼一切経の板木)・社団法人温故学会(群書類従の板木)・真宗佛光寺派本山佛光寺・株式会社法藏館の板木蔵内部の写真を紹介しつつ,国内外の板木所蔵機関を列挙し,現存する板木の全容(20万枚程度と推測)を把握,調査対象を未調査の板木コレクションに拡大していく必要性を述べた。
 モノとしての板木は,現存板木の調査に邁進すれば,おのずと物理的性格を明らかにすることができる。しかし,冒頭に述べたように,板木が近世出版の根本装置であった以上,モノとしてだけではなく,近世出版機構における「板木という存在」をも追求していく必要がある。報告者は,近世出版機構を理解する際に必須となる蒔田稲城・宗政五十緒・弥吉光長らの先行研究において,板木が考察対象に十分含められていない点を近世出版研究の問題点として指摘し,板木によって近世出版機構を捉えなおすべきことを主張した。
 逸失した板木枚数を想起すれば,現存する板木は大海の一滴にすぎないが,幸い,板木以外にも,板元や本屋仲間が遺した出版記録が現存しており,そこから「板木がいかに運用されていたか」を知ることができるはずである。板木を意識してこれらの出版記録を読解することにより,板木を根本とした近世出版機構の実態が見えてくることは間違いないであろう。
 総じて,板木調査と板木デジタルアーカイブへの取り組みをより充実させること(すなわち板木書誌学を拡充すること),板木をキーワードとして出版記録を読解し,板木を核とした近世出版機構の実態を解明することの2点を板木研究の課題として提示し,報告を締めくくった。
(文責:金子貴昭)