海外の日本研究とデジタル環境:『本棚の中のニッポン』から
江上敏哲
(国際日本文化研究センター図書館)
海外には日本について研究している研究者や,学んでいる学生,日本について専門的に取り組んでいる専門家などがいます。彼ら/彼女らが日本について何かしらのアウトプットを発信してくれることで,日本の情報や魅力が世界にアピールされていきます。その元となるのが,日本語で書かれた,または日本で生まれた日本資料・日本情報です。これらはその多くが日本で生産され,海外の日本図書館(日本語・日本分野の資料を所蔵し情報を提供する専門の図書館)などを通って,海外のユーザに伝わっていきます。すなわち,日本資料・日本情報が如何に海外に伝わりやすいかどうかが,世界への発信力を左右することになります。その意味でこれは日本自身の問題でもあります。しかし実際には,日本資料・日本情報が海外に伝わるには多くの困難を伴います。国を越えるだけでもユーザには無駄な時間・コスト・ストレスがかかるものです。その解消には,日本側の幅広い業種の方の応援を必要とします。
日本資料・日本情報を海外に伝えやすくするという意味ではデジタル環境とe-resource(電子書籍・電子ジャーナル・データベースなど)の整備が有効なはずです。しかし,日本ではその整備が深刻に遅れていると言えます。海外の日本研究者・ライブラリアンと話をすると,異口同音に日本製e-resourceの少なさについて嘆かれます。また北米の東アジア分野図書館の統計を見ても,中国・韓国と比べると日本のe-resourceの契約数が明らかに少ないことがわかります。
欧米にしろ中韓にしろ,研究のデジタル環境は大きく整備され,e-resourceは豊富に所蔵されていきます。その中で日本についての資料・情報だけが紙に頼るしかなく,ここにデジタル格差の溝が生じています。日本研究と日本理解を数の面で支えてくれているのは,熟練した日本研究者だけではありません。若い世代の大学院生や学部学生,一般の方など,必ずしも“日本リテラシー”が高いわけではない人たちが大半です。また近年は研究の学際化・グローバル化が進み,他分野・他地域の専門家が自分の専門研究の中で横断的に日本も対象に含める,ということがあります。このような人たちに自らデジタル格差を乗り越えて自力で日本資料にアクセスしてくれることを期待するのは,厳しいでしょう。
昨今,日本研究や日本語教育の縮小・統廃合など,欧米における日本研究の退潮傾向が懸念されています。背景には日本の経済的低迷や存在感の低下などがあります。この傾向と,日本資料・日本情報へのアクセスの障壁とは決して無関係ではない,と私は考えます。
日本製e-resourceの問題には,不便でメンテナンスがかかるCD-ROM類が多い,高額な料金プランしか認められない,利用条件が実態に合わない,などがあります。また日本側が海外契約を想定していないために,契約自体させてもらえない,断られるといったこともあります。これらの問題に対して海外のライブラリアンはコミュニティを組み,日本の関係者らとともに取り組んでいます。結果として,成就したものもあればしなかったものもありますが,そもそも数=選択肢が少ないこともあり,数としてはやはり欧米・中韓と大きく隔たっているのが現状です。
その中でも例えば『JapanKnowledge』(ネットアドバンス社)のように積極的に海外展開を進めて成功をおさめている例もあります。ユーザの評判が他国他地域へ広がりニーズが掘り起こされる,海外契約のノウハウが蓄積される,などの効果があったようです。使いやすく契約しやすいe-resourceはユーザを集めその魅力を発信していくことにつながります。現在諸業界が取り組んでいる電子書籍についても,国内海外を問わず積極的な普及と環境整備が実現するよう,日本の図書館・研究者をはじめとするユーザが要望の声をあげていくことが必要ではないかと考えます。