カッパ・ブックスの時代 新海 均 (2013年12月3日)

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出版史研究部会 発表要旨(2013年12月3日)


カッパ・ブックスの時代


新海 均 (元光文社編集者,日本ペンクラブ会員,俳人協会会員)


 出版史研究部会報告では,昨年12月3日(火)に八木書店本店6F会議室で,「カッパ・ブックスの時代」と題する研究会を行った。講師には,河出書房新社から『カッパ・ブックスの時代』を上梓された元・光文社編集者の新海均氏をお迎えした。新海氏は1975年に光文社に入社,最初に「カッパ・ブックス」編集部に配属され,途中『宝石』を経て,ふたたび「カッパ・ブックス」の編集部員となり,05年の終刊に立ち会っている。
 最初に新海氏から,「カッパ・ブックス」前史ともいえる故・神吉晴夫氏の立志伝,「カッパ・ブックス」の特徴,いくつかの代表的な企画の刊行背景と,ベストセラーを連発した編集者・長瀬博昭氏,光文社の組合争議,出版界に広がるカッパのDNAなど,ご著書に書かれた内容に加え,取材のなかでの印象的なエピソードが紹介された。
 当日の参加者は,会員15名,非会員9名の計24名。後半のディスカッションでは,非会員として参加していた,光文社OBの方々が証言に加わってくださり,さらに具体的な話がいくつか披瀝された。
 たとえば,同じペーパーバックスである岩波新書がどの程度意識されていたのか,という質問をきっかけに,カッパ・ブックスにおいて実際に「岩波と同じテーマで正反対の企画をたてる」という方法がとられていたことなどが紹介された。岩波新書の『万葉秀歌』(齋藤茂吉,1940)に対する『万葉恋歌――日本人にとって「愛する」とは』(永井路子,1972)や,岩波文庫の『日本童謡集』(与田凖一,1957)に対する,寺山修司編の『日本童謡集――「青い眼の人形」から「唐獅子牡丹」まで』(1972)は,その例である。
 このように庶民や街場を重視する姿勢は,光文社新書のテーゼである「知は現場にあり」に引き継がれている,という説明もあった。岩波新書との比較では,前者が長い時間軸をみているのに対し,カッパは短いスパンを切り取る手法である,という見解も出た。そのほか,経営者としての神吉晴夫について,新海氏ご自身の企画についてなどの質疑があり,終了後には講演者を囲んで懇親会を行った。
(文責:柴野京子)