同一雑誌の同一号に存在する異同について  吉谷伸明 (2002年2月15日)

歴史部会   発表要旨 (2002年2月15日)

同一雑誌の同一号に存在する異同について―漱石作品を例に―

 本報告は,報告者が,山下浩監修『漱石雑誌小説復刻全集』(2001,1ゆまに書房)の編集作業において,山下氏の指導のもと,欠字のできるだけ少ない初出本文を作成するために,一作品につき十部を超える初出誌を校合した結果をもとにしたものである.報告の責任は報告者にある.
 活版印刷物,とくに雑誌の場合,同じ雑誌の同じ号なら,どの本も同じ本文であるとは限らない.ある本では欠字の部分が,別の本では明瞭に印字されているといった,異同ともいうべき事例が数多く認められる.そして,それは一字の有無といった単純なものに加え,文意を左右するほど大きなものも少なくない.数文字にわたって欠けている例,欠けた箇所に他の活字がずれ込んで文意不明になっている例,その他,多種多様な事例が存在する.
 原因は,明確な資料がなく,今後の研究に俟つほかないが,意図的なものとは考えにくく,印刷技術上のミスである可能性が高い.だが,雑誌の本文は,その作品の初出本文であることが多く,本文校訂において,初出本文がしばしば底本もしくは重要な資料とされることを鑑みれば,こうした異同の存在には,充分な注意が払われて然るべきであると考える.
 以下若干の実例を挙げたい.□は欠字,+は字間の不自然な空きである.
 「坊っちやん」初出(『ホトヽギス』9-7 明治39,4 ほとゝぎす発行所)附録93頁8行目「尤も校長に」は,「尤も□□に」「尤も□長に」と三種の本文が認められた.
 「野分」初出(『ホトヽギス』10-4 明治40,1 ほとゝぎす発行所)附録165頁12行目「逗子でも鎌倉でも」は,「逗子で□□□でも」「逗子で+も+でも」「逗子で+も+倉でも」と四種の本文が認められた.
 また「カーライル博物館に蔵する遺書目録」初出(『学鐙』9-2 明治38,2 丸善)の題名は,正しく印刷されているのはほんの数部で,多くは「カーライル博物館 にする遺書目録」となっていた.このため歴代の漱石全集のうち,この作品を収録したものは,題名を「カーライル蔵書目録」としている.
 最後に,原因について,報告者がある印刷関係者から聴取したところを紹介したい.明治・大正期の活字は,鋳造時に中に小気泡ができてしまうことが多く,これが印刷過程で潰れて活字がくぼんだ箇所が欠字になるそうである.その修復方法としては,欠字あたる箇所でちょうど紙が一字分突出して活字に接触するように,紙を巻き取るドラムに,和紙片を大和糊か唾液で幾枚か貼り付けた.これを間違いなくこなすことが印刷職人の腕の見せ所であったという.本文の生成に立ち会った人々のこうした証言を採集することが急務であることはいうまでもない.
 (吉谷伸明)