出版流通の変容から考える学術出版の課題と役割
橋元博樹
(会員、東京大学出版会営業局長)
日本の学術出版社はどのような役割を果たしてきたのか?「出版不況」といわれる中にあって、この先どのようなあり方が可能なのか? 本発表は(1)学術出版の量的把握、(2)大量販売システムによる流通、(3)英語圏学術出版の事例という3つの点から、日本の学術出版の現状と未来を考察することを目的とした。
学術出版の定義・分類についてはかつての箕輪成男氏による「一次文献、二次文献、三次文献」の分類があるが、本発表ではその分類方法を引きつぎ、まずは、人文社会科学出版五団体に参加する194社の2015年の新刊のなかから一次文献(研究論文の書籍化)の刊行点数を推定した。同時に日本の学術出版市場において大きな役割を果たす三次文献(教科書、教養書、啓蒙書)の豊富さを指摘した。
つぎに、出版流通の視点から。昭和初期の円本ブーム、戦時体制たる日本出版配給株式会社の創立、そして戦後の東販、日販他主要取次の設立は、出版物の大量販売体制づくりのエポックであるが、学術書もまたこの流れに合流し、大量販売システムによる流通に委ねられてきたといえる。そのことによって結果的に日本の学術書は比較的安価で、かつ研究者コミュニティーのなかに止まらず、その外側の読者に至るまでの高いアクセスという利便性を形成したという利点がある。だが、それ故に今日の雑誌売上減少による大量出版流通システムが危機に直面しているなかにあって、学術出版流通もまた大きな打撃を受けている。そうであれば問われるべきなのは、学術書流通を自律的に構想できるのか、そしてそれはどのようなものなのかという点である。
最後に英語圏の学術出版の事例として北米の大学出版(UP)を取り上げた。人文社会科学系のモノグラフ出版を主なミッションとしている北米UPは、組織形態こそ異なるが、その活動領域と規模において日本のUPのみならず大多数の中小学術出版社のカウンターパートといえる。その北米UPが、大資本の欧米商業学術出版と時には競合しながら独自の活動領域を形成しようとしている様子を、ライブラリーパブリッシングと、モノグラフのオープンアクセスという新しい流れを取り上げることによって紹介した。
報告のあとの討論では、牛口順二会員を討論者としてお招きし、27名(会員22名、一般5名)の参加者とともに活発なディスカッションと質疑応答の場が形成された。市場の限定されている一次文献の流通を大量販売システムに委ねることが果たして効率的であったのかという点が指摘されるなど、主に流通の話題に議論が集中した。同時に、出版研究のなかに物流コストについての実証的な研究が不足していることも指摘され、今後の継続的な研究が望まれるとした。
会場: 専修大学神田キャンパス 208教室(2号館2階)
(文責:橋元博樹)