出版翻訳の現在(3)――研究者の視点から 水野的・安部由紀子 (2019年11月15日開催)

■ 翻訳出版研究部会 開催要旨 (2019年11月15日開催)

出版翻訳の現在(3)――研究者の視点から

水野 的 (元青山学院大学)
安部由紀子 (会員/東京女子大学)

 今回の研究会では、編集者、翻訳者に続いて「研究者」の視点から部会を開催した。

 まず、長年放送通訳と会議通訳に携わり、日本通訳翻訳学会会長も務めてこられた元青山学院大学教授の水野的(あきら)氏からは、これまで様々な邦訳がなされてきたミルの『自由論』を分析コーパスにして、20近い既訳のバリエーションを比較しながら、「訳し上げ」(英文の後ろから順に翻訳していくこと)よりも「順送り」(英文の前から順に翻訳していくこと)の翻訳法に優位があるのではないかという非常に重要な問題提起がなされた。英文の談話構造(文脈)を捉えつつ情報構造(文法構造)の解釈に移行し、「訳」は完成にいたる。文章の主題(theme)と題述(rheme)の関係(主題に「新情報」が加わっていくこと)など、英文の構造分析や統語論(syntax)の解説とともに、いわゆる「直読直解」ではない英文翻訳の必要性が説かれた。
 次に、全国紙記者、国連広報、米国のシンクタンク勤務等をへて現在東京女子大学准教授の安部由紀子氏からは、国連の主要出版物『人間開発報告書』(CCCメディアハウス)などの資料を手がかりに、大学における翻訳教育全般についての議論が展開された。研究、理論と実践のバランスはいかにあるべきか。現在の実務翻訳と一般文芸翻訳の需要状況とは。そして翻訳を他の学問領域とどのように連携が可能かなど、具体的な取り組み事例の紹介と問題の提起がなされた。大学における翻訳教育とは「文化の翻訳」について考えることでもあるということを、改めて深く感じさせられた。
 お二人からの報告の後は会場の参加者をまじえての議論に移り、翻訳におけるコミュニケーションギャップの問題や専門性の高い実務の場における翻訳、また現在の日本の出版翻訳業界の状況などについても活発な意見交換が行われた。次回は「販売者」の視点から議論する場をつくり、出版翻訳をめぐる問題について考察を深めていく予定である。

日 時: 2019年11月15日(金) 午後6時30分~8時30分
会 場: 専修大学神田キャンパス5号館541教室
参加者: 10名 (会員7名、非会員3名(うち学生3名))

(文責:山崎隆広)